昔の名前で呼ぶ人たち続出で連日話題

ジャスコ、ダイエーからポスフールにカルフールまで 昔の名前で呼ぶ人たち続出で連日話題

2019/06/25(火)

日本最大のスーパーマーケットチェーン、イオン。その「呼び方」をめぐって、ツイッター上で連日話題となっている。

かつて「ジャスコ」や「サティ」、「ダイエー」といった名前だったことから、いまだに「旧称」で呼んでいるという人たちの投稿が相次いでいるのだ。

◇ 北海道限定「ポスフール」も登場

発端となったのはニュースサイト「しらべぇ」が2019年6月17日に公開した記事。

イオンを、2011年まで使われていた「ジャスコ」で呼び続けている人が一定数いるとの内容だ。

これにツイッターでは、「つい、イオンの看板見ても脳内変換してジャスコと言ってしまう」などと、共感する書き込みが相次いだ。

ジャスコ以外にも、2011年に消滅した「サティ」、かつて全47都道府県に店舗を構えていた「ダイエー」、北海道地区にのみ展開していた「ポスフール」、一時期国内に出店していたフランスのスーパー「カルフール」といった名前も、ツイッター上には挙がった。

いずれも2010年代に入って、イオンへのブランド転換が進んでいるが、

「イオンはいつまでたってもしっくり来ない。やっぱりサティだろ」

「ダイエーがまだ心の中で生きてる」

「カルフールはカルフールだよ」

など、かつての「名前」にこだわりを見せる人もいた。

意図的に旧称で呼んでいるという声もあった。

「全部イオンになって区別つかないから、あえてジャスコ、サティ、ダイエーって呼んでる」

「場所によってジャスコとポスフール使い分けてた」

このように、同じ地域内に複数のイオンが立地している場合は、それぞれを区別するためにかつての名前を使い分けている人もいるようだ。

引き揚げられたナチス戦艦のワシの像

、ウルグアイ裁判所が売却命令

2019/06/23

AFP=時事】ウルグアイの裁判所は、第2次世界大戦(World War II)初期の海戦に参戦したナチス・ドイツ(Nazi)の戦艦に設置されていたブロンズ像について、売却して代金を政府と引き揚げチームで折半しなければならないとの判断を下した。

アルフレド・エッチェガライ(Alfredo Etchegaray)氏とフェリペ・エッチェガライ(Felipe Etchegaray)氏の兄弟率いる引き揚げチームは1997年、ブロンズ像の捜索許可を申請した。

引き揚げチームは10年にわたる捜索の末、2006年に首都モンテビデオの沖合でワシのブロンズ像を発見。

ウルグアイ海軍と2004年にブロンズ像の売却代金を折半する旨の合意を結んでいたものの、政府側がこの合意を破ったとして提訴していた。

引き揚げチームは、ブロンズ像を90日以内に売却しなければならないとする今回の判断を歓迎している。

ブロンズ像は発見以来、海軍の倉庫で保管されていた。

オークションに掛けられれば、かなりの高値が付くものとみられている。

ブロンズ像はワシが翼を広げ、かぎ十字をかぎ爪でつかんだデザインで、ドイツ海軍の誇りだった戦艦「アドミラル・グラーフシュペー(Admiral Graf Spee)」号の艦尾に設置されていた。

同艦はラプラタ沖海戦(Battle of the River Plate)後の1939年12月17日、ハンス・ラングスドルフ(Hans Langsdorff)艦長の命令で自沈した。

グラーフシュペーは当時、ドイツ第三帝国(Third Reich)最大規模の軍艦で、英国艦2隻、ニュージーランド艦1隻の追跡を逃れ、モンテビデオの港に一時退避。

その後、ラングスドルフ艦長はグラーフシュペーを港の外に出し、自沈を命じた。
同艦長は策略に掛かり、国際水域で英国の大艦隊が待ち伏せしていると信じたものとみられる。

この屈辱から数日後、ラングスドルフ艦長は自ら命を絶った。

米の人身売買報告書

米の人身売買報告書、日本は最高ランク維持も改善指摘

2019/06/21(金)

アメリカの国務省は28日、世界各国の人身売買の根絶に向けた取り組みに関する年次報告書を公表しました。

日本は、去年に続いて最も上のランクに選ばれましたが、さらなる改善も指摘されています。

「人身売買は自然災害ではない。人間が原因だ。それゆえに、人間には人身売買を解決する能力がある」(アメリカ ポンペオ国務長官)

国務省が公表した2019年版の「人身売買報告書」では、日本は少女らによる接客を売りにした「JKビジネス」への対策を行っているなどとして、4段階の格付けの中で最も上のランクを維持しました。

一方、報告書では福島第一原発事故による除染作業で海外からの技能実習生が給料を支払われずに働かされた事例などを挙げ、日本に対し、さらなる改善を求めました。

最高ランクは日本の他にアメリカ、イギリスなど33の国と地域で、最低ランクは北朝鮮や中国、ロシアなど21か国でした。

「砂」が大金に変わる?

「砂」が大金に変わる?希少化する「砂」の今

2019/06/21(金)

下村靖樹 | フリージャーナリスト

近年世界各地で砂不足が問題化し、違法採取による環境破壊が顕在化したり、「砂マフィア」と呼ばれる犯罪組織が暗躍したりするほど、貴重な存在になっているのです。

なぜ、砂が不足するのか?

砂を大量に消費する行為として頭に浮かぶのは、関西国際空港やお台場などの大規模な埋め立て工事でしょう。

しかしそれは砂の使い道の一つでしかありません。

最も多く使われているのはコンクリートやアスファルト混合物を作る際に使われる細骨材。

その他にも、ガラス、歯磨き粉、化粧品など日常生活に深く関わる物から、電子機器や鋳型、シェールガスの採掘時など多種多様な形で利用されています。

他方、世界規模で「砂漠化」が問題になっている昨今、「むしろ砂は増えているのでは?」と考える方もいるかもしれません。

ところが砂漠の砂は丸く小さすぎて、最大の使用用途である細骨材としても、埋め立て用としても利用出来ないのです。

そのため世界一高いビル「ブルジュ・ドバイ」や、椰子の木の形をした埋め立てリゾート「ザ・パーム」などで有名な中東の国・アラブ首長国連邦(UAE)も、国土の大半が砂漠であるにも関わらず常に砂を必要としていて、2017年は120万トン(6400万米ドル)を海外から輸入しています。

BUSINESS INSIDER https://www.businessinsider.com/world-running-out-sand-resources-concrete-2018-6 によると、通常の家一軒に200トン、病院一つに3000トン、高速道路1マイル毎に1万5千トンの砂が必要だそうです。

いつの間にか「そこにあるのが当たり前」だった砂は、人口爆発と都市化の進展、そして急速なインフラ整備が進む今の時代、国家間で奪い合う天然資源になってしまっているのです。

正確なデータが存在しない「砂」

そんな重要な存在であるにも関わらず、他の資源のように注目されることが少なかったため、砂に関する採取・使用・貿易に関する国際的な規制や取り決めは整備されていません。

現在、世界各国でどれほどの砂が消費されているのか、公的機関による正確なデータが存在しないのです。

国連環境計画は(UNEP)、砂の使用用途として最も大きな割合を占めるコンクリート(砂、礫〔れき〕、セメント、水で作られる)に使用されているセメントの世界生産量(※1)から、その消費量を推定しています。

アメリカのコンクリート作成時の比率(砂の使用量はセメントの10倍)を元に算出した世界全体の消費量は、年間500億トン。

「一人あたり一日平均18キロを必要としている」と、先月出された報告書に記しています。)

また消費量と同様、国家間の貿易取引量も不明瞭です。

ITC(国際貿易センター)の貿易統計によると、砂(※3)の最大の輸出国はドイツ832万トン(約1億4900万米ドル)、輸入国はシンガポール6000万トン(約3億6600万米ドル)となっているのですが、不思議なことに2018年の総量・総額にずれがあるのです。

総輸出「4935万トン・17億2千万ドル(約1863億円)」に対し、総輸入は「1億2700万トン・22億6500万ドル(約2459億円)」と、輸入総量・総額が「約7800万トン(約600億円)」上回っています。

あきらかにおかしなデータもあります。

アフリカ大陸南部の国・モザンビークのデータです。

2018年の輸出量はわずか44万トン(全体の0.009パーセント)ですが、2017年は1億9300万トン。

世界輸出総量2億4570万トンの78パーセントを占める砂を輸出しているのです。

そしてITCのデータ上、その99.9パーセントが中国に輸出されたと記されているにも関わらず、中国側の輸入統計では、モザンビークから輸入した砂は「0」。

2001~2018年の累計ですら「463トン」となっているのです。

この原因についてITCは明示していないため、どのデータが正しいのかは分かりませんが、少なくとも、砂の国家間貿易が不明瞭かつ監視が行き届いていないことは明らかです。

砂と共存するために

インドでは砂マフィアが暗躍しており、環境NGO「ダム・川・人の南アジアネットワーク」によると、昨年一年だけで、違法な砂の採取に反対した政府職員、警察官、記者、市民ら11人が殺害され、18人が関連する活動で死亡したと伝えられています。

日本は2018年(1~12月)、130万トンの砂を輸入しており、2001年からの累計輸入量は5160万トンとなります。

2007年にそれまで最大の輸入国だった中国が輸出を禁止し、コンクリート用砂を確保するため建築業界が対応に追われました。

(現在の最大輸入国はオーストラリア/総輸入量の75パーセント)

日本国内での砂採取は、1968年に全面改定された「砂利採取法(1956年制定)」により、河砂の環境破壊を防ぐため河川での採取が厳しく制限されました。

ところがその結果、(特に瀬戸内海で)大量の海砂が採取されるようになりました。

1998年、環境保全のため広島県が海砂採取を全面禁止。

その後各県も続き平成18年には瀬戸内海での海砂は採取禁止となりました。

現在、採取規制や資源枯渇の影響を受け年々減少の一途を辿っており、2016年度における砂の採取総量は約7万2300トン。

2007年度10万5800トンの7割程度にまで減っています。

ペントハウスはオレのモノ

ペントハウスはオレのモノ

ペントハウスというと、マン毛丸出しにしたネーチャンの裸を思い出すのは、育ちが悪い証拠なんだが、そもそもアレだ、でかいビルを建てて、その最上階を自分の住居にする、というのが金持ちのライフスタイルで、たとえば以前のエントリで書いた上海の和平飯店なんだが、アレはロスチャイルド系のサッスーン財閥が建てたホテルで、最上階がサッスーンの自宅になっていた。

で、このサッスーン家というのが調べてみると、たまらなく面白いわけだ。

話はアヘン戦争とか東インド会社まで遡るんだが、イギリスの極東戦略がうまく行ったのは、このサッスーン家と結びついたから、という側面がある。

というのも、サッスーン家はもちろんユダヤなんだが、もともと中東を拠点にしていた家系であって、ヨーロッパのユダヤではない。

以下のサイトにサッスーン家の歴史については触れられているので、紹介すると、

●「サッスーン家」は、もともとは18世紀にメソポタミアに台頭したユダヤ人の富豪家族で、トルコ治世下にあって財務大臣を務めるほどの政商であった。

1792年にこの一族の子供として生まれたデビッド・サッスーンは、バグダッド(現在のイラク)で活動していたが、シルクロードの交易によってますますその富を蓄え、そこからインドへ進出(移住)した。

●デビッド・サッスーンは、1832年にインドのボンベイで「サッスーン商会」を設立し、アヘンを密売し始めた。

イギリスの「東インド会社」からアヘンの専売権をとった「サッスーン商会」は、中国で売り払い、とてつもない利益を上げ、中国の銀を運び出した。

(※ デビッド・サッスーンは「アヘン王」と呼ばれた。

彼はイギリス紅茶の総元締めでもあり、麻薬と紅茶は、サッスーンの手の中で同時に動かされていたのである)。

つまり、サッスーン財閥というのは戦前の上海経済の支配者になるのだが、そのルーツは中東であり、そもそもアジア系の商人なのだ。

国籍はイギリスだったりするんだが、そもそも一度もヨーロッパに住んだ事なんかなかったりする。
で、中国が共産主義になると連中は香港に逃げるわけだが、日本にも古くから来ている。

神戸には北野に旧サッスーン邸があって、

イスラエル人であったデヴィット・サッスーン氏は、1910年にシリアのアレポで生まれました。

サッスーン氏は1937年に来日、その後の生涯を日本で過ごします。

1961年には結婚をして3人の子供に恵まれ、1991年12月に亡くなりました。

サッスーン氏は神戸に会社を設立して、主に繊維をアメリカ、ヨーロッパ、中近東に輸出をしていました。

その後も幅広く拡大をし、神戸、大阪、東京に事務所を設けます。

世界第2次大戦中は、日本に留まり、終戦後不動産を始めました。

という事なんだが、サッスーン財閥の作った香港上海銀行は日本で開業してから140年になるそうで、古くから欧米諸国の代理人として日本でビジネスを展開していた事をうかがわせる。

ユダヤ系上海財閥ではジャーディン・マセソンも有名で、その日本支配人グラバーは坂本龍馬を駒に使って明治維新を起こしたりするんだが、あちらは完全にイギリス系だ。

で、上海名物の和平飯店だが、そもそも和平飯店はサッスーン・ハウスと呼ばれていた。

1929年に建てられ、東洋一のビルと呼ばれていたが、最上階10階のペントハウスはサッスーンの居宅である。

そこでビキニのネーチャンを飼っていたかどうかは知らないが、サッスーン家の当主がそこに陣取っていたわけだ。

で、話は現代の東京に戻るわけだが。 サッスーン家がアヘン取引のために作った銀行が香港上海銀行だ。

今ではその規模は世界一になったとも言われるんだが、東京では日本橋に自社ビルを持っている。

で、宅配便で外貨を配達してくれるとか、バンコクの闇両替みたいな妙なサービスをやったりしているんだが、日本橋のHSBCビルディングの最上階に何があるのかというのが、また、非常に興味深いわけだ。

日本橋の新築ビルの最上階2フロアをブチ抜いた、400平方メートルはありそうなスペース。

でも片側はガラス張りの窓なので、絵画展は10メートルほどの壁面しか使ってない。

いったいなにを目的とするスペースなんだろ。

というわけで、家賃払ったら月数百万円になりそうなスペースで、誰も知らない現代美術作家の個展をやったりしているらしい。

で、このギャラリーのヌシがウイスキーの名前の人なんだが、ビキニのネーチャンは飼ってないようだが、巨大な犬を飼っていて、名前はフランシスベーコン。

名前はベーコンだが菜食主義の犬で、おとなしいらしい。

現代美術のコレクターで、関係パーティーには必ず顔を出す名物男だそうで。犬は、気にくわない絵を見ると吠えるそうで、なかなかの審美眼を持つらしい。

本人は中国生まれの日本育ちと言ってるそうだが、実家は神戸の高級住宅街で、父親は金貸しだそうだ。

現代美術のコレクターとして有名で、美術手帳で二度も特集を組まれている。

また、恵比寿にもプライベート・ギャラリーを持っているそうだ。

とんでもない金持ちらしいが、その正体を知る者は誰もいない。

つうか、日本でも指折りの蔵書票銅版画家(ずいぶん狭いジャンルだが 足の指まで動員しないと出て来ない名前かも知れないが)であるウチの奥さんに言わせると「絶対、偽名だ」と言うんだけどね。

日本人が養殖真珠を発明したから

日本人が養殖真珠を発明したからですね。

養殖真珠の歴史も古く、11世紀の中国などで既に行われているが量産することは難しかった。

日本では1893年に箕作佳吉の指導をうけた御木本幸吉が英虞湾神明浦でアコヤガイの半円真珠の養殖に成功し、1905年、英虞湾の多徳島で真円真珠の養殖に成功している。

養殖真珠の発明者は、日本では西川藤吉・見瀬辰平の2人があげられる。

1907年見瀬辰平が、はじめて真円真珠に関し「介類の外套膜内に真珠被着用核を挿入する針」として特許権を獲得した。

続けて西川藤吉が真円真珠養殖に関し真珠形成法の特許を出願する。

この一部が前述の見瀬辰平の特許権に抵触するとして紛争が起こる。

調停の結果、西川籐吉の名義で登録し特許は共有とすることとなった。

この養殖真珠の特許技術は海外では Mise-Nishikawa Methodとして知られている。

また1916年および1917年に西川藤吉の特許が4件登録された。

西川藤吉は既に亡くなっていたため、息子の西川真吉が権利を受け継いだ。

現在の真珠養殖の技術は西川藤吉のこれらの技術に負うところが多い。

(西川藤吉は御木本幸吉の次女の夫である)。

その後、様々な技術の改良を経て真珠養殖は広まり、英虞湾、宇和海、長崎県対馬などで養殖が行われた。

後にイギリスで養殖真珠が偽物だという吹聴がありパリで真珠裁判が行われたが、1924年5月24日、天然と養殖には全く違いが無かったので全面勝訴した。

ムスリムの商人というのは、ずいぶん昔から商人をやっているわけだが、それこそ「船乗りシンドバッド」の時代からですね。

スリランカに行くと、その時代にスリランカにやって来て住み着いたムスリムが今でもいて、あの国の宝石産業を牛耳っているんだが、宝石をどっかから探してきて世界のマーケットに乗せるという商売においては、ムスリムの商人が昔から活躍していたわけです。

で、中でも真珠の取引においては、バーレーンの真珠広場が取引の中心であった、というわけです。

もともと真珠というのは、南洋だったり、地中海だったり、アラビア海だったり、まぁ、海で採れるわけだ。

それも、北極海とか南氷洋とか、あまり寒いところでは採れませんね。

熱帯から亜熱帯。それが、ヨーロッパの王様や貴族のために、延々と運ばれて付加価値がどんどん嵩んで高くなって行く。

元は海から拾って来たモノなのにね。

で、有史以来、延々と真珠を運んでメシを食っていたムスリム商人なんだが、日本人が人工的に、安く大量に真珠を作るようになってしまったもんで失職、仕方ないので、石油を商売にしはじめた、というのが、20世紀の石油文明の始まりです。

なので、言ってみれば「20世紀の石油文明を創り上げたのは日本人」という事も出来るわけですね。
大袈裟だが

で、その象徴でもある「真珠広場」で、今でもバーレーンの親米政権を倒そうと、民衆が集まっているわけだ。

まぁ、未来の歴史の教科書には、20世紀の石油文明の終結を象徴する中東動乱とか書かれるのかも知れない。

つうか、アメリカにしても、無理して石油を押さえなくても代換エネルギーの目処が立ったとか、イスラエルの面倒見るのがイヤになったとか、色々と理由はあるんだろうが、コレもまた、未来の教科書には「日本が開発したハイブリッド技術によって石油文明が終焉」とか書かれるのか

陰謀物語の常連財閥

~陰謀物語の常連財閥~

ヴァンダービルド財閥(アメリカ最大の鉄道王で、ウィンストン・チャーチルの
親戚であり、赤狩りにアル・カポネを利用した一族。
国際政治評論家の副島隆彦さんによると、すでに
消滅しているとのこと。作家の広瀬隆さんによれば、
今だその力は強大で、ウォール街支配者の1つとのこと。)

デュポン財閥(アメリカ最大の死の商人、火薬王。ブロンフマン財閥と親しい。)

アスター財閥(ホテル王、不動産王の異名を持つ大富豪。)

グッゲンハイム財閥(アメリカの鉱山王。クリントン政権の国務長官の
マドレーヌ・オルブライトはこの財閥出身。)

ベアリング財閥(かつて、ロスチャイルド財閥と世界を2分した巨大財閥。クローマー伯爵。)

ギネス財閥(造酒王。貿易王。ギネス・ビールとギネス・ブックが有名。)

バークレー財閥(イギリスの金融王。)

ロイド財閥(イギリスの金融王。)

ハンブロー財閥(イタリア系マフィアのラ・コーザ・ノストラの資金を握る貿易王。南アフリカのアパルトヘイト【人種隔離政策】にも関与。)

ゴールドスミス財閥(大投資家ジョージ・ソロスの黒幕。ドイツのロスチャイルド〈ローシルト〉一族。)

オッペンハイマー財閥(南アフリカのダイヤモンド王。アパルトヘイト【人種隔離政策】の元凶。)

サッスーン財閥(人類史上最大最悪の麻薬王。阿片戦争の黒幕だった19世紀の阿片王。
東南アジアの麻薬ゴールデン・トライアングル生みの親。消滅したという
噂があるが、インドのゾロアスター教徒財閥のタタ一族と親しい。)

アニェリ財閥(イタリア唯一の大財閥。自動車王。背後にはシシリアン・マフィア ラ・コーザ・ノストラの影がちらつく。外孫のジョン・エルカーンが継承した。)

ティッセン財閥(ナチス最大のパトロン。ヨーロッパ皇帝のハプスブルグ家とは親戚関係。)

シュネーデル財閥(フランスの原子力・兵器王。)

ダッソー財閥(フランスの兵器王。非常に悪名高く、陰謀論の常連さん。)

エッシャー財閥(世界中の独裁者と犯罪者の汚れた金で潤うスイス金融界の黒幕。)

ヴァーレンベリ財閥(スウェーデン最強の財閥。ロスチャイルド財閥と近い。)

オナシス財閥(ギリシアの海運王。ジャクリーン・ケネディの再婚相手。)

スワイヤ財閥(イギリス人香港財閥。キャセイ・パシフィック航空支配者。)

李財閥(長江実業。華商最大の財閥にして、香港経済の支配者。李嘉誠は阿片王サッスーン資金で設立したHSBC〈香港上海銀行)の副会長だった。)

タタ財閥(インドのゾロアスター教徒財閥。ナヴァル・タタがサッスーン商会〈阿片王〉の重役の座にいた。)

~陰謀論にはあまり出てこないその他、有力財閥~

ウェアハウザー財閥(アメリカ最大の木材王。作家の広瀬隆さんによると、
一時的にはロックフェラーを凌ぐ富豪だったとか。
陰謀論にあまり登場しないので、日本では知名度が
低くて、過小評価されがちであるが、中丸薫さんの本に
載っていたスカル&ボーンズの名簿には名前有り。)

フリック財閥(アメリカの石炭王。かつて、カーネギーの右腕だった大富豪。
作家の広瀬隆さんの本『アメリカの保守本流』によれば、
アメリカの電源別発電量の半分は石炭で、石油は3%しか
ないとのこと。アメリカ電力の影の支配者では???)

デューク財閥(アメリカのタバコ王。)

ヴィッカーズ財閥(イギリスの兵器王。)

ケスウィック財閥(イギリス人香港財閥。ジャーディン・マセソン支配者。)

シュレーダー財閥(イギリス・ドイツの金融王。)

ジーメンス財閥(ドイツ最大の財閥。日本でも有名。)

アンパン財閥(ベルギーの原発男爵。)

グンツブルグ財閥(ロシアの金融・鉄道財閥で、カナダ支配者のブロンフマン一族と 阿片王サッスーン一族とは親戚。男爵家。)

アルノー財閥(フランスのファッション・ブランド王。)

ジレ財閥(フランスの化学工業財閥。)

ノーベル財閥(ヨーロッパの軍需・化学・石油財閥。)

フィリップス財閥(オランダ第2の王家の異名を持つ電器王。
共産主義の元祖カール・マルクスとは親戚。)

パティーニョ財閥(南米の鉱山王。ジェームス・ゴールドスミスと親戚。)

アヤラ財閥(フィリピン最大財閥。)

サバンジ財閥(トルコ最大財閥。)

豊田財閥(自動車皇帝。岩崎家と三井家が没落した後の、日本の最大財閥。)

プリンが3個セットの理由とは 

プリンが3個セットの理由とは チコちゃんの悲しい回答に「お父さんにも食べさせて」の声

2019/06/15(土)

14日に放送された『チコちゃんに叱られる』(NHK)で、扱われたテーマである「なぜプリンは3個で売っている?」が、ネットで話題となっている。

おやつとして人気なプリンだが、3個セットで売っているものを買う人も多いのではないだろうか。じつは3個セットであることには、理由があるという。

チコちゃんの回答は「お父さんは食べないから」。プリンがスーパーなどの店頭で並び始めた高度経済成長期の影響であるようだ。

経済成長期以前のプリンといえば、家で作って食べることが多かったという。

経済成長期になると会社員たちは「モーレツ社員」と言われるくらい朝から晩まで働いていた。

朝から晩まで忙しくしている人が増えたため、手軽に食べることのできるファストフードが流行した。

その流れで1971年にカッププリンが誕生。

当時は親子+子供2人という家族構成が多かったが、プリンは昼間に食べることが都合で、母親+子供2人で食べることができるように3個セットになったと解説した。

スーパーでは、プリン以外にもセット売りされているものが多くある。

ヨーグルトは家族4人揃って食べることができるように、4個セット売りに。

また、納豆は、単身者が賞味期限中に食べきれるような3個セット。

ウインナーは1袋を使い切りサイズにして、2袋セットにすることでお得感がでるようにしている。

焼きそばは、家庭にある平均的なフライパンのサイズに合わせて3人前となった。

チコちゃんの辛らつな答えに対して、ツイッターでは「お父さんにも食べさせて」との声が多く集まった。

ランキング – 1位は絶妙「エビ感」と「酸っぱ辛さ」で食欲

ランキング – 1位は絶妙「エビ感」と「酸っぱ辛さ」で食欲

2019/06/15(土)

最近の冷凍食品って、かなりレベル高いですよね。なかでもひときわレベルが高いのがカルディコーヒーファームのオリジナル商品。

今回は日本でもおなじみのエスニックチャーハンが、レンジで温めるだけでカンタンに調理できちゃう品を3つピックアップ。

実際に作ってみて、筆者の独断で美味しい順にご紹介していきましょう!

【第3位】

五香粉の香りがたまらない! 肉の旨味がお米に移ったリッチなチャーハン

【冷凍】

カルディオリジナル

ルーローチャーハン 220g

226円(税込)

台湾の屋台で人気の魯肉飯(ルーローハン)風味のチャーハン。

五香粉(中国の代表的な混合香辛料)の香りが台湾の夜市を思い起こさせます。

醤油ベースで煮込んだ豚肉がたっぷり入っていて、食べ応えも上々。

肉の旨味がお米にしっかりと移ってリッチな味わいです。

優しい味付けなので、子どもからお年寄りまで安心して楽しめるはず。

ラーメンとの相性も良さそうなので、ぜひ一緒に味わってみては。

【第2位】

ひき肉とインゲンのハーモニーが素晴らしい! ビールのお供にも

【冷凍】

カルディオリジナル

ガパオチャーハン 220g

226円(税込)

タイ料理の中でも日本人に人気のある「ガパオ」をアレンジした冷凍チャーハン。

バジルで炒めた鶏ひき肉と歯ざわりが心地よいインゲンのハーモニーが素晴らしい! さらに、ピリッとくる辛さとナンプラーのほどよい香りが食欲を掻き立てます。

筆者はカリカリに焼いた目玉焼きとパクチーをトッピング。

途中、レモンを絞って味の変化を楽しみました。

冷えたビールにもよく合いますよ! その意味でも、これからの季節にぴったりなチャーハンです。

【第1位】

エビの風味が前面に。辛くて酸っぱい味わいに食欲が止まらない!

【冷凍】

カルディオリジナル

トムヤムチャーハン 220g

226円(税込)

トムヤムクン風味のチャーハン。

爽やかな酸味と食欲を掻き立てる辛さがたまらない! お米は国産の白米を使用していて、日本人の口にもよく合います。

エビの風味もしっかりと前面に出ていて、冷凍食品とは思えない仕上がり。

タイ料理が好きな人はスパイスやナンプラーをちょい足ししてもいいかも。

筆者はパクチーとレモンを添えて。柑橘類を絞って食べるとさらに爽やかさが増して美味しいです。

それぞれのエスニックの勘所をうまく押さえた3品でした。

現地の本格的な料理とは違いますが、それぞれの特徴を活かしながらも日本人の口に合うように上手にアレンジされていて、さすがはカルディのオリジナルだと感心しました。

 

そうそう、どれもレンジで温めるだけで食べられますが、サラダ油を引いたフライパンで3分前後炒めた方がさらに美味しく楽しめますよ。ぜひ試してみてください!

どうなる日本の捕鯨

商業捕鯨再開】

どうなる日本の捕鯨…我が国はノルウェーを手本にしよう

2019/06/15(土)

2018年12月26日の政府発表によって広く内外に知られたように、日本はとうとうIWC(国際捕鯨委員会)からの脱退を表明した。

そして、その年末に脱退の意思表示が条約議定書付託国のアメリカ合衆国に通知されているので、発効は半年後の7月1日となる。

※中略

日本政府は2019年2月に商業捕鯨への道筋を示した。

水産庁によれば、2019年7月以降、日本の200海里水域内での商業捕鯨を復活させると宣言している。

捕鯨母船を用いて行う沖合捕鯨と従来の小型捕鯨業をそのまま継続させるとのプランを発表した。

完全に商業捕鯨に移行するには、それなりのプロセスと努力が必要で、それほど簡単ではないだろう。

捕鯨問題に関しては、ノルウェーに学ぶべきところが大きい。

ノルウェーは、1982年の商業捕鯨モラトリアム(一時停止)にも異議申し立てを行い、その後、現在まで異議申し立てを継続したままだ。

1986年に商業捕鯨を一旦停止したが、1993年から復活させた。

もちろん異議申し立てを合法的にしているから、国際法的に一切問題はない。

また、次の一手も戦術的に素晴らしく、完成したばかりの改訂管理方式に基づいて捕獲枠を設定し、粛々と商業捕鯨を続けている。

商業捕鯨モラトリアム採択の後には、堂々と異議申し立てを行い、日本が受け入れざるを得なかった米国のパックウッド・マグナソン修正法による制裁も恐れることはなく、先祖から受け継いだ漁業を粛々と守り抜いている。

しかも、科学的に妥当にである。

ノルウェーと言えば、大国も及ばぬ世界が驚くような外交政策を打ったことを思い出す。

1993年、ノルウェー政府の仲介により、犬猿の仲と思われていたイスラエルのラビン首相とPLOのアラファト議長の間で、オスロ合意とも言う「パレスチナ暫定自治に関する原則宣言」が調印された。

また、海洋水産の分野では、20世紀末から求められていた複数種一括管理(一つの魚種だけで漁獲限度を決めるのではなく、生態系全体の構成員を考慮して管理する)を初めて実際に導入した国でもある。

大国が実現できなかった快挙に胸がすく思いだ。

日本はノルウェーに学ぶべきだろう。

以上、加藤秀弘氏の新刊『クジラ博士のフィールド戦記』(光文社新書)をもとに再構成しました。

長年、IWC科学委員会に携わってきた著者による鯨類研究の最前線です。