浜名湖の由来

浜名湖の由来

会社の先輩が浜松と名古屋の間だろうと言うのですが、違うと思うので気になりまして。

ネットで検索しても答えが見つからないので、ご存知であるならば教えて下さい。
宜しくお願い致します。

まだ「名古屋」という文字での読みがなかった頃から「浜名湖」という呼び名はありましたから、その先輩の解釈は間違いだろうと思われます。

それよりも、一部の見解にある

浜名湖が海岸(浜)と地続きだったことから「浜の中の湖」という意味で「浜中湖」と呼ばれていたものが、いつしか「浜名湖」になってという解釈のほうが尤もらしいように思えます。

余談ですが、原子力発電所のある「浜岡」は浜松と静岡の中間にあるからだそうです。こちらは旧浜岡町史にもありますから本当です。

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浜名

はまなぐん【静岡県】

[浜名]

古代からの郡名。「和名抄」は遠江国「波万奈(はまな)」郡と訓じている。

古くは「濱名郡」とも表記。

郡名は、「ハマ(浜)」(浜名湖)がある「ナ(場所または国)」の意とする説がある。

なお、浜名湖は古来、淡水湖であったとされ、1498年の大地震により太平洋と連なる塩水湖となったと伝わる。

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2001 浜名湖の起源と湖口変遷

1990年発表された池谷仙之他の「浜名湖の地史的変遷」に疑問を抱き、静大公開講座で質問した結果、その説明が納得できないものであったので、静岡県地学会に入会し、自論を公表した。

天竜川から流出した砂礫が海岸流によって東から西に運ばれ、浜名湾口に堆積して生じた潟湖である。とした。

2003 天竜川の変遷と浜松市南部の沿岸低地造成の関係について

天竜川は有史以降麁玉川(馬込川)、荒玉河(芳川)、天竜川と2度大きく流れを変えた。

そのため、流出した砂礫が堆積して生じた砂丘が3列顕著に認められる。

2005 明応(今切決壊)以前の浜名湖南部の地形

1976年に発表された嶋・向坂の浜名湖南部が陸地で、その中を流れていた弥生・奈良時代の川跡とした所が戦後の干拓事業による浚渫跡であったことを指摘し、陸地説そのものが誤りであったと説明した。

7000年前から日本では海水準に変動がないことは地質学者の常識である。

舞阪から新居のかけては、南北幅が狭い砂洲が東から西に伸びていて帯ノ湊が新居松山に開いていた。

2007 浜名湖に淡水の時代はなかった

九州大学鹿島薫氏のデータをそのまま採用し、鹿島氏とは全く別の「古代の淡水説」を否定した。

明応以前「淡水湖であった」と言う誤った迷信を真実と思いこみ、鹿島氏は都合の悪いデータは採せず、捨てたためとんでもないでたらめな結論を引き出した。

浜名湖に津波が来たらどうなる

東海道新幹線、浜名湖に津波が来たらどうなる

4/19(金)

東海地方や西日本の太平洋側を襲う南海トラフを震源とする巨大地震。30年以内の発生確率は70~80%とされている(地震調査研究推進本部)。

最悪の場合、沿岸の広い地域で10mを超す大津波も想定されている。

そのとき、新幹線と東海道本線は大丈夫だろうか。

これまで「首都圏『大地震で大津波が来る駅』ランキング」(2018年5月31日付記事)、「横浜周辺『水没リスク』がある路線はここだ」(2018年7月19日付記事)で津波襲来が想定されている駅とその高さを示し、日頃の心構え、鉄道会社の対策を述べてきた。

今回は、南海トラフ巨大地震などを想定して東京―名古屋間の新幹線と東海道本線にスポットを当ててみたい(相模トラフ地震も含む)。

■気がかりな浜名湖付近

多くの人が気になるのは、東海道新幹線が浜名湖を鉄橋で渡る弁天島付近(浜松―豊橋間)ではないだろうか。

風向明媚な水辺景色が数秒間車窓に展開する。

ここに大津波は襲来しないのだろうか。

浜名湖は太平洋に面していて、海に対して約200m口を開ける形でつながっている。

今切口と呼ばれ、そこを通って湖と海とを船が行き来できる。

車窓からも、今切口の上に架かる浜名大橋越しに太平洋が遠望できる。

浜名湖上の新幹線の橋梁は、水面から高さ10mに満たないだろう。

この区間、並行している東海道本線弁天島駅の線路面海抜(標高)は6.0m(切符売り場に表示がある)。

付近の新幹線の線路もそれとさほど変わらない。

高さ10m以上と想定される津波が海岸に押し寄せたら新幹線の橋梁はどうなるのか。

結論から言えば、東海道新幹線の線路面まで大津波がやってくることはないとされている。

JR東海広報部によれば、現時点では、東海道新幹線において、津波の到達が予想される地域はないという。

静岡県が公表している津波浸水想定でも、弁天島駅付近は最悪1~2mの津波浸水高だが、東海道新幹線の線路は築堤上などにあるので、線路やホームにまでは津波はやってこない。

弁天島付近から浜名湖の海岸線のほうを見ると、背の高い防潮堤が見える。

地形の特徴と防潮堤により大津波の威力が減衰されるのだろう。

ただし最悪のケースで、東海道新幹線の線路直下まで津波が襲来する区間がある(静岡県、愛知県公表の津波浸水想定)。

だがいずれの区間も新幹線線路は高架橋や築堤となっているので、線路面までは津波が来ないことになる。

■新幹線で大地震に遭遇したら…

もし、海岸近くを走行中の東海道新幹線に乗車中に大地震に遭遇し、車両は緊急停止、大津波警報が発令されたことを知ったとしても、決して慌てたりパニックを起こしたりしないことが肝要だ。落ち着いて乗務員の指示に従いたい。

東海道新幹線の線路下にまで津波が来ると想定(各県公表の浸水想定図より筆者の判読による)される区間は以下のとおりである。

一方、並行する東海道本線へは、最悪の場合、いくつかの区間や駅が津波に見舞われることが想定されている。

東京―名古屋間で想定される津波浸水高を高い順に表にまとめた。

■想定される津波浸水高

この表を見るにあたり、心にとめてほしいことがある。

各県で作成した津波浸水想定は、現在の科学的知見を基に、過去数百年にさかのぼって実際に発生した津波や今後発生してもおかしくない最大クラスの津波が、悪条件下において発生した場合の区域(浸水域)と水深(浸水深)である。

すなわち南海トラフを震源とする大地震が起きても、表で示した高さまでには至らない可能性も高い。

あくまで想定できる最悪のケースである。

だがその一方で、想定より大きな津波が発生する可能性がまったくゼロというわけでもない。こうした点を踏まえたうえで活用してほしい。

表では静岡県の海岸近くを走る区間が上位を占めた。

それぞれの駅間でも、表に示した高さより低い浸水高や、浸水なし想定の区間もある。

例えば用宗―焼津間(7.1km)の場合、焼津駅から用宗駅方面へ向けて約2kmが浸水想定区間である。

人口密集の市街地の例では、焼津駅の前後約2km以上、清水駅の前後約4kmの線路(または線路下)が浸水想定となっている(いずれも静岡県公表による)。

大地震で津波警報が発令された場合、どのような対応がなされるのだろうか。在来線の東海道本線の場合から見ていこう。

JR東海の『安全報告書2018』は「当社では各自治体の津波ハザードマップを基に、津波の到達が想定される区間を『津波危険予想地域』として定めています」と説明。

津波の発生が予想される場合については「まずは『津波危険予想地域』へ列車を進入させないようにします。

また、その地域内にいる列車については、地域外へ列車を移動させる、もしくは、お客様を安全な場所へ避難誘導するようにしています」としている。

■「津波警標」が避難の目印

列車がいる位置が津波危険予想地域かどうかは、どうやってわかるのだろうか。

JR東海によれば津波危険予想地域の線路には、線路脇約100mおきに津波警標が貼られているという。

そんなに数多く貼られている警標とはどんなものか見てみたくなり、今回、由比―興津間の線路沿いを歩いたり、運転台の後ろで見たりして確認してみた。

津波危険予想地域では、確かに架線柱1本おきくらいに「津波避難」の文字と避難する方向を示すオレンジ色の矢印が書かれた標識が貼られていた。

まずは線路外に出るための踏切の方向を示す例が多い。

乗務員は何を手がかりに避難所まで乗客を誘導するのだろうか。

2018年3月からは在来線運転士用タブレット端末の津波避難アプリの使用が開始された。

GPSにより運転士のいる位置に応じた最寄りの避難ルートが津波避難マップ上に表示される。

これにより乗客を安全な場所へと誘導する。

全編成に発電機能付き携帯ラジオも搭載しそれによっても情報を得る。

また、駅でないところで車両から降りる場合も想定されるので、線路へ降りるための避難はしごを備えている。

東海道新幹線の場合は、津波の心配よりも高速走行中の車両を一刻も早く安全に停車できるか、および構造物の耐震性がポイントとなる。

この対策も車両性能面、線路設備、震源での感知から緊急停止指令までの伝達システムなどで進められている。

また耐震性としては、鋼板巻などによる高架橋柱、橋脚の耐震補強、盛土の地盤流動抑止策、バラストの流出抑制、駅舎、駅の吊り天井等の地震対策などがある。

こうしたハード面での対策のほか、さまざまな災害対応訓練(在来線での津波避難誘導訓練、東海道新幹線での旅客避難誘導訓練)なども行われている。

地震の規模(一部では予知)、被害想定などの研究は国や大学などの機関で行われているが、まだ発展途上にある。

JR東海も防災のための対策を順次実施していく姿勢を示している。

■大震災では想定外のことが起きる

対策は進むが、大震災では想定外のことが起きないとは限らない。

鉄道会社だけの問題ではなく、国や自治体とも連携して、半日間ほど東海道本線を不通状態にしても、大地震、大津波を想定した訓練(降車、線路を歩いての避難など)を行う価値はあり、社会的コンセンサスも得られるのではないだろうか。

事前の訓練で身に付いたものがあれば、パニックとなるのを防ぐ一助になるはずだ。

(注)

・表や本文中の津波浸水高、浸水区間は、『津波浸水想定』平成25年11月静岡県公表
・平成27年8月一部修正、『津波浸水想定』平成26年11月愛知県公表、『津波浸水想定図』平成27年3月神奈川県公表よりいずれも筆者が判読(ワンランク程度判読誤差も考えられる、JR各社認識と一致するとは限らない)。

・浜松市内では「防潮堤なし」の浸水想定。2020年3月全区間完成予定の「防潮堤あり」の想定は上記表欄外参照。

・相模川・松尾川(茅ヶ崎―平塚)、花水川(平塚―大磯)など、河川付近で線路下の浸水区間が数カ所あるがこれらは割愛した。

日本を旅行する中国人と韓国人

日本を旅行する中国人と韓国人、一見似ているがすぐに見分けがつくらしい それはなぜ?=中国メディア

2019/04/19(金)

中国メディア・東方網は18日、日本を訪れる中国人観光客と韓国人観光客について、日本のガイドは簡単に見分けることができるとする記事を掲載した。

記事は、日本も中国も韓国も同じアジアの国であり、黒い髪の毛と黄色い肌という共通の特徴を持っているため、民族衣装を着ていなければその見た目は非常に似通っていると紹介。

一方で、日本でガイドをしている人は日本旅行にやってくる中国人と韓国人を、一目で見分けることが可能だとし、両者の違いをはっきりと認識しているとした。

まず、団体行動をしている旅行者の大部分が中国人観光客であると説明。

中でもツアー旅行をするのは中国の中高年者で、赤いスカーフやサングラス、手に持っているペットボトルや水筒が特徴であり、日傘を差して歩いているのも基本的に中国人観光客であると伝えた。

また、商業施設で大小さまざまな袋を持って歩いているのも、ほぼ中国人観光客だと紹介。

彼らは日本でたくさんのお土産を買って帰るのが一般的であり、大都市で荷物をたくさん持ち歩いているのはショッピングを済ませた中国人観光客であるとしている。

さらに、着ている服でも中国人と韓国人の区別がつくとし、韓国人は旅行の時でも比較的体裁の良い服を身に着けるが、中国人観光客は気ままであり、格好もかなりラフであると指摘。

このほか、非常に鮮やかな色彩の服を着ているのは韓国人観光客だと解説した。

いがぐり頭にスーツ、いかついサングラスといった格好の中国人観光客をたまに観光地で見かけることがある。

日本人の感覚からすると奇妙なのだが、中国の中高年の男性にとっては比較的ポピュラーな恰好なのだ。

若者を中心に、日本人だか中国人だか見分けがつかないケースも多いが、なんとなく「中国っぽい」いで立ちの人を見かけると、なんだかホッとした気分にもなるのである。

(編集担当:今関忠馬)

槇原敬之が覚醒剤事件から復帰できたワケ

<槇原敬之が覚醒剤事件から復帰できたワケ>CD販売停止は1999年の槇原敬之の覚醒剤事件から

2019/04/04(木)

■CD販売停止は1999年の槇原敬之の覚醒剤事件から

元号が昭和から平成に変わった1989年6月、美空ひばりが死去し、政府から国民栄誉賞を贈られる。

かつて家族の不祥事により公共施設から締め出された歌謡界の女王は、死して昭和を代表する国民的スターに祀り上げられた。

同じ年の4月、横山やすしは、飲酒運転による事故を起こし、吉本興業からすべての契約を解除される。

前月にタレントの長男の傷害事件による4カ月の謹慎からテレビに復帰したばかりだったが、謹慎中にも交通人身事故を起こすなど、不祥事を重ねた末の事実上の「懲戒解雇」であった。

平成の30年間には、芸能界や音楽業界で清浄化が進んだ。

芸能人と暴力団の関係についても規制が強まり、判明した場合は厳しく処分されるようになった。

2011年には、タレントの島田紳助の暴力団関係者との交際が発覚し、本人がけじめをとって引退する。

多くのレギュラー番組を持っていた大物だけに、その決断は衝撃を与えた。

薬物事件で逮捕されたミュージシャンのCDの販売が停止されるというケースもあいつぐ。

これは1999年の槇原敬之の覚醒剤事件を機に定着したものといわれる。

このとき、CDの出荷停止と店頭からの回収を決めたレコード会社は「社会的活動を行っている当社が、反社会的不法行為を犯した槇原の商品を出荷するわけにはいかない」と説明した(『朝日新聞』大阪版1999年10月4日付)。

■結局は「商品イメージを傷つけないため」の行動

不法行為ではないにもかかわらず、世間の批判を受けて活動を自粛するケースもたびたび起こった。

2008年には、人気歌手のラジオ番組でのある発言がインターネット上で物議を醸す。
これを受け、本人が公式ホームページで謝罪、所属レコード会社は活動自粛を発表した。

しかし謝罪したことがかえって火に油を注いでしまう。

スポンサー各社は出演CMを自粛、本人の掲載されている商品のHPも削除するなど対応する。

テレビでも騒動後に放送された出演番組に抗議が殺到、これを受けてか別の番組が放送延期されるにおよんだ(『読売ウィークリー』2008年2月24日号)。

インターネットの普及により、一般人の意見がより影響力を持つようになったがための現象だろう。

スポンサーがすぐに出演CMを自粛したのは、そうした一般からのクレームをあらかじめかわし、商品イメージを傷つけないための行動ともとれる。

商業上の理由による対応という意味では、方向性は違うものの、テレビ各局がたけしを事件後早々に復帰させたのと変わりはない。

■活動再開のきっかけは坂本龍一のクリスマスコンサート

放言が原因の場合はともかく、警察沙汰を起こした芸能人が活動を自粛するのは、社会的影響を考えればやむをえないのだろう。

活動自粛を余儀なくされた芸能人にとって、その期間は自分を見つめ直す契機なのかもしれない。

ビートたけしは謹慎中、読書に明け暮れ、そこからのちの人気番組『平成教育委員会』につながるアイデアを得ている。

不祥事を起こした歌手が、謹慎期間を経て、音楽業界の賞を獲得した事例もいくつかある。

槇原敬之は覚醒剤事件で逮捕されてから4カ月後の1999年12月、懲役1年6カ月・執行猶予3年の判決を受けた直後、坂本龍一のクリスマスコンサートにサプライズ出演して、事実上活動を再開した。

本格復帰は翌2000年11月にアルバム『太陽』をリリースするまで待たねばならなかったが、その後、SMAPに提供した「世界に一つだけの花」がヒットし、教科書にも掲載されるなど平成を代表する名曲との評価を得た。

社会復帰できるかどうかは結局は本人次第と言ってしまえばそれまでだが、個人が責任を負うのにはやはり限界がある。

所属事務所やテレビ局、さらには社会全体でバックアップしていく体制を整えることも必要だろう。

とりわけ薬物に関しては、事件を起こした本人が治療の必要な場合も多いだけに、なおさらのはずだ。

■「教授の優しさを大切に受け止めたかった」

ちなみに先述の槇原敬之の坂本龍一のコンサートでの復帰は、坂本が槇原に直接メールで出演を打診して実現した。

槇原は10代のときから敬愛していた坂本に、このとき初めて対面したという。

周囲のスタッフからは「常識を考えたら出るべきではない」と大反対を受けながらも自らの判断で出演を決めた彼は、その心境をのちに次のように明かしている

《そういう立場の僕をゲストに出すということは、教授[引用者注:坂本龍一のニックネーム]にとってマイナスのイメージにつながることでしょう?

それにもかかわらず、僕を元気づけようとライブに誘ってくださった教授の優しさを大切に受け止めたかったんだ。

教授が僕のことを“音楽をやっている者”としてちゃんと見ていてくださったということも本当に嬉しく思えたし、あの日は歌いながら本当に幸せな気持ちになってた》
(松野ひと実『槇原敬之の本。』幻冬舎)(文中敬称略)

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近藤 正高(こんどう・まさたか)
ライター

1976年生まれ。愛知県出身。著書に『タモリと戦後日本』(講談社現代新書)、『私鉄探検』(ソフトバンク新書)、『新幹線と日本の半世紀』(交通新聞社新書)。「cakes」にて物故した著名人の足跡とたどるコラム「一故人」など雑誌やウェブへの執筆も多数。

かがやく石の世界 など

「かがやく石の世界」展

2019年04月04日

世界中で採掘された珍しい石や希少な石などを紹介する展示会が、鹿児島市で開かれています。

「かがやく石の世界」と題されたこの展示会は、石の魅力や人との関わりを知ってもらおうと、鹿児島県立博物館が企画したものです。

世界中で採掘されたおよそ230点の石が紹介されています。

このうち、アルジェリアの砂漠で採掘された石は、バラのような形をしています。

砂漠に存在した水が蒸発し、含まれていたカルシウムなどの成分が石こうの結晶になったということです。

また、黄鉄鉱化したアンモナイトの化石は、金属のような光沢を放っているのが特徴的です。

一般的に見られるアンモナイトの化石とは異なり、海底のヘドロの中など、空気が少ないところで化石になったと考えられるということです。

ほかにも、鹿児島県内で採掘された宝石の原料などさまざまな石があり、訪れた人たちが興味深そうに見入っていました。

県立博物館の多久島徹さんは「きらきらと輝く個性的な石を集めています。石は人との関わりが深いので、自分の気に入った石を見つけてもらい、興味を深めてほしいです」と話していました。

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徳之島でコーヒーの実の摘み取り

2019年04月04日

国産コーヒーの一大産地化を目指して増産計画が進められている徳之島でことしも収穫が行われ、コーヒーの実の摘み取り作業が続いています。

徳之島では温暖な気候を生かして以前から一部の生産者がコーヒーの栽培を行っていましたが、流通できるほどの生産量がありませんでした。

こうした中、大手食品メーカーなどが生産者を支援し、コーヒーの増産に取り組むプロジェクトが2年前から進められています。

ことしも先月下旬に収穫の時期を迎え、黄や赤に色づいたコーヒーの実が摘み取られています。

摘み取り作業は今月下旬ごろまで続くということです。

現在徳之島ではおよそ2000本のコーヒーの木が植えられ、生産者16人が栽培しています。

大手食品メーカーや商社は、雨風に強い品種の苗の選定や機械の提供などを行っています。

生産者はこうした協力のもと、5年後にはコーヒーの木を1万本に増やす計画です。

生産者会の代表を務める吉玉誠一さんは「支援を受けた機械でメンテナンスがしやすくなり、量も質も高まっています。島の産業の一つにして、次の世代にできるようにしていきたいです」と話しています。

五色桜とは

五色桜は品種名ではなく、

荒川堤には、

ソメイヨシノ(染井吉野)

ムラサキザクラ(紫桜)

カンザン(関山)

シロタエ(白妙)

ウコン(鬱金)

スミゾメ(墨染)をはじめとして、

78品種3000本のサトザクラが植えらていました。

その花の色は

濃い紅色・

淡い紅色・

白色・

黄色

など様々な色の花が咲いた風景は五色の雲をたなびせたように見えたことから、五色桜と表現された。

ソフトバンクが5G周波数割り当てで「負けた」理由

ソフトバンクが5G周波数割り当てで「負けた」理由

2019/04/12

総務省は4月10日、第5世代通信規格「5G」の周波数について、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天の4社に割り当てた。

ソフトバンクだけ希望より少ない割り当てとなったのはなぜなのか。(ダイヤモンド編集部委嘱記者 村井令二)

総務省は4月10日、第5世代通信規格「5G」の周波数について、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天の4社に割り当てた。

これにより5G設備の投資競争がスタートする。

合計10枠の周波数のうち、スマートフォンに使いやすい6枠は、ドコモ、KDDIに各2枠、ソフトバンクと楽天に各1枠が割り当てられた。

ドコモ、KDDI、楽天は希望通り。ソフトバンクは希望の2枠より1枠少なかった。
なぜソフトバンクは“負けた”のだろうか。

2019~24年度末までの6年間で5G設備投資は4社合計で1.6兆円。19年春からの携帯電話料金の値下げ競争が始まる中で、携帯4社にとっては5G設備投資をいかに抑えるかは経営の重要マターとなる。

周波数割り当てに際し、各社は投資金額などの計画を事前に総務省へ申請しているが、それによると、ドコモが7950億円、KDDIが4667億円だったのに対し、ソフトバンクは2061億円、楽天は1961億円に抑制した。

NECや富士通の旧電電ファミリーを抱え込んで独自の通信設備を敷設するドコモの投資額が突出しているが、ソフトバンクはその4分の1ほど。

19年10月から携帯電話事業に参入する楽天は、ネットワークをソフトウェアで仮想化して設備コストを抑える方針を表明している。

この結果、5Gのカバーエリアも各社でばらつきが出る見込みだ。

総務省は、4Gまでは「人口カバー率」を携帯各社に求めていたが、5Gでは人口の少ない地域の普及も促し、日本全国を10キロメートル四方の4500区画に分けて、その区画をいかにカバーするかという基準を採用している。

「5G基盤展開率」と呼ぶこの基準によると、NTTドコモとKDDIの5年後のカバー率が90%超なのに対し、ソフトバンクは64%の計画にとどまる。新規参入の楽天のカバー率の56%に迫られるほど低い水準だ。

総務省の発表によると、5G基盤展開率は周波数割り当て審査の重要項目の1つ。

大手3社の中でソフトバンクの希望が通らなかったのは、これが大きく影響した。

BtoBより個人狙うソフトバンク

だが、ソフトバンクの宮川潤一副社長は「今回の周波数割り当てでそれほど背伸びする必要はない」と意に介していない。

一見するとエリアカバーが不足しているように見えるが、「われわれがターゲットにしているのは、21年末までに90%を超える人口カバー率」(宮川潤一副社長)と強調する。

総務省が求めた4500区画を埋めていく設備展開よりも、あくまで「人の利用」にこだわって5Gネットワークを構築する方針だ。

ソフトバンクが具体的にどの地域からエリア展開するかは不明だが「5Gの端末(スマートフォン)は21年頃に広がる」(宮川副社長)と想定しており、それに向けて人口密集地からいち早く電波を届けていくことを考えているもようだ。

5Gでは、地方や山間部の工事現場や工場施設などBtoB用途が増える。

総務省が従来の人口カバー率ではなく、人のいない地域も含めて均等にカバーを求めたのはこのためだが、それに素直に応じて設備投資金額を積み上げたのがドコモとKDDIだった。

これに対してソフトバンクは「今後5年はまだまだスマホが主流」(同)とみて、今回の周波数割り当ての範囲では、個人ユーザーの普及を優先する。

同時に、宮川副社長は、5Gの設備投資について「日本政府と議論した結果、期待に添える状態になっている」と述べ、中国製の通信機器を導入しないことを暗に認めた。

ソフトバンクは4G通信網の構築の際には、格安で性能が高いとされるファーウェイ機器を大量に導入したが、5Gではそれを使わずにいかに効率的なネットワークを構築するかがカギとなる。

一方の楽天のネットワークの実力は未知の部分が大きい。

今年10月までに4Gの仮想化設備をゼロから立ち上げて、それをソフトウェアで5Gにアップデートすることでエリアカバーを広げていく考えだ。

次世代通信の電波を、どのタイミングで誰に届けていくか5Gの料金水準も左右する設備投資に、携帯キャリア各社はしのぎを削ることになる。

ロードバイク

【ロードバイク】

「2センチの溝」原告逆転敗訴 「タイヤの幅が狭いならそれを考慮した運転が求められる」

2019/04/12(金)

岡山市の市道をロードバイクで走っていた男性が排水のための溝にタイヤが挟まって転倒し、道路の安全性に問題があったとして市を訴えていた裁判で、広島高等裁判所岡山支部は岡山市に賠償を命じた1審の判決を取り消し、訴えを退けました。

岡山市の50代の男性は3年前、市道の路肩をロードバイクで走っていたところ、雨水を排出するための幅2センチほどの溝に前輪が挟まって転倒し、胸や指の骨を折るなどの大けがをしました。

男性は、岡山市を相手取って裁判を起こし、1審の岡山地方裁判所は去年「ロードバイクが珍しくなくなる中、2センチの幅は広すぎ、道路は安全性を欠いていた」として市に賠償を命じたため、岡山市が控訴していました。

12日の2審の判決で広島高等裁判所岡山支部の橋本一裁判長は「ゴミなどによる目詰まりを防ぎ、排水の性能を確保するには2センチの幅が広すぎるとは言えず、タイヤの幅が狭いならそれを考慮した運転が求められる」と指摘しました。

そのうえで「タイヤが挟まる事故が起きる危険性は高くなく、道路が通常あるべき安全性を欠いていたとは言えない」として1審の判決を取り消し、原告の訴えを退けました。

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ダボ穴のないロードバイクにリアキャリアを取り付ける

2016.01.17/Sun

ロードバイクでツーリング用パニアバッグを利用するため、リアキャリアを取り付けることにしました。ロードバイクはリアキャリアを取り付ける前提で設計されていませんが、追加部品を利用することで問題なく装着ができました。

【ロードバイクの設計思想について】

ロードバイクは舗装路を軽快に走り抜けることを主眼に設計されているため、走る目的以外の無駄な装備はそぎ落とされています。例えば、ライトや泥除けは付いてきませんし、泥除けに至っては一般的なものは装着できません。リアキャリア(荷台)についても同様で、ロードバイクでは荷台を取り付ける前提でフレームは設計されていません。

【リアキャリアについて】

それでも、ロードバイクでロングツーリングやソロキャンプ用の道具を積みたいという人はいるはずで、かく言う私も自前のロードバイクにキャンプ用の荷物を積載して遠出したいと考えている一人です。リアキャリアにはいろいろあって、簡易版としてこのようにシートポストに装着するだけのリアキャリアは存在します。

しかし、このようなシートポスト取付型は耐荷重がせいぜい10kg。シートポストから真横に延ばすような構造で、真下への荷重を直接受け止める仕組みにはなっていません。したがって、大きめのパニアバッグをがっちりと取り付けるためのキャリアとしては不安が残ります。

今回はロードバイクに一般的なリアキャリアを取り付けることを目的とします。すでにキャリアは調達していて、「サイクルベースあさひ」で購入したオリジナルアルミリアキャリア「CBA-1」です。

これが素晴らしい商品であることは疑いありません。しかし、この商品はスチールパイプ製であることで重量が約1.2kg。スチール製であるため、堅牢であることに加え、旅先で破損しても容易に溶接補修ができるということで、海外利用や日本一周などを行うサイクリストにとってはこの商品の存在意義は格別なものだと思います。しかし、私の場合海外に持って行ったり、日本一周をするわけではありません。

従いまして、多少なりともの軽量化を念頭に、アルミパイプの「CBA-1」を購入しました。アルミパイプ製で、重量も約575g(取付金具を除く)とあります。実際に測ってみると、公称値より軽く、546gでした。

伊集院光はなぜ”ラジオの王様”になれたか

伊集院光はなぜ”ラジオの王様”になれたか

戸部田 誠

2019/04/16

c PRESIDENT Online 「第42回ホリプロタレントスカウトキャラバン決選大会」で審査員を務める、タレントの伊集院光さん=2017年10月29日、東京都内(写真=時事通信フォト)

1980年代から現在まで、ラジオパーソナリティとして活躍をつづけるタレント・伊集院光。なぜ伊集院は30年以上、ラジオ界の第一線にいられるのか。ライターの戸部田誠さんはその話術を「絶妙なさじ加減で“ルール”を作り、リスナーと共犯関係を結んでいくのが真骨頂」と分析する――。

※本稿は、戸部田誠『売れるには理由がある』(太田出版)の一部を再編集したものです。

存在しないアイドルのオールナイトニッポン

「ただいまCM撮影スタジオにいます」

レポーターからラジオブースに中継が入る。撮影が延びてしまい、“主役”が本番に間に合わないというのだ。その主役こそ、「芳賀ゆい」。実在しない架空のアイドルである。中継を受け、スタジオに控えていた伊集院光が、「都内某所のスタジオ」だとか「CMの内容はまだ秘密」などともっともらしい説明を重ねていく。

1990年2月16日に放送された『芳賀ゆいのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)である。

「芳賀ゆいちゃんがスタジオに到着するまで」の時間繋ぎとして、彼女のデビューまでの生い立ちを追ったラジオドラマが流される。

ナレーションは上柳昌彦アナウンサーが務める本格的なもの。だがもちろん芳賀ゆい“本人”は登場しない。何しろ、実在しないのだから。ドラマには、彼女の“デビュー”のきっかけとなった「ミス・ポニーテールコントスト」の模様も。その司会を務めたのがなんと古舘伊知郎(ホンモノ)。当時彼は『夜のヒットスタジオ』の司会もしていた。コンテストを振り返り、「すごく印象に残ってます。ビッグになって、早く夜ヒットに来てほしい」などとコメントを寄せているのだ。

深夜のローカル番組から始まった

架空のアイドル「芳賀ゆい」は、2部(午前3~5時)で放送されていた『伊集院光のオールナイトニッポン』で生まれた。そもそものきっかけは「大島渚」だった。言わずと知れた強面の映画監督であるが、名前だけを見たら可愛らしい女の子でもおかしくない。そこから、「歯がゆい」という言葉もアイドルっぽいという話に。だったら、そのプロフィールをみんなで考えようと伊集院が悪ノリを始め、リスナーたちから大量のハガキが届いた。

やがて、芳賀ゆいは「握手会」まで開催。実在しないにも関わらず、集まったのは2000人。カーテン越しに誰だかわからない手と、みんなが握手をしていくのだ。この成功に勢いづき、企画されたのが『芳賀ゆいのオールナイトニッポン』だった。

当時は伊集院すら無名の存在。彼の番組もド深夜のローカル番組だ。誰も知らない、それどころか実在すらしないアイドルが『オールナイトニッポン』のパーソナリティを務めたのだ。それもほとんど一言も発せずに(『ラジオにもほどがある』藤井青銅/小学館文庫参照)。

さらに、彼女は奥田民生作詞の曲でCDデビューも果たし、写真集まで発売された。

いまでこそ「初音ミク」をはじめとして、ヴァーチャルアイドルは珍しいものではなくなったが、伊集院光とそのリスナーたちが作り上げた「芳賀ゆい」は間違いなくその先駆けだったと言えるだろう。

想像が必要だからこそ自由度が高いラジオ

そもそも「伊集院光」もラジオによって誕生したと言っても過言ではない。

三遊亭楽太郎(現・円楽)に弟子入りし、落語家・三遊亭楽大として前座生活をしていた頃、落語家を廃業した兄弟子が放送作家をしていたラジオ番組に出てくれないかと誘われる。先輩からの依頼に断れなかった彼は、師匠に無断で出演。だから、自分の風貌から最も離れた名前を名乗った。それが「伊集院光」だった。

彼の落語仕込みの話芸は評判を生み、2部ながら伝統ある『オールナイトニッポン』のパーソナリティに抜擢されたのだ。ミュージシャンでも、俳優でも、漫才師やコント師でもない(当時はまだ落語家であることも伏せていた)。まったく得体の知れない男が起用されたのだ。

伊集院はラジオをやっているときの快感をこのような例を出して説明している(2008年12月12日『僕らの音楽』フジテレビ)。

「松の木におじやぶつけたみたいな不細工な顔の女」

その言葉を聴いたときに思い描く顔は一人ひとり違う。映像が使えないから、想像を働かせなければならない。けれどその分、自由度が高いのだ。

ルールを作る“さじ加減”の絶妙さ

よく伊集院光を評するときに「白伊集院」と「黒伊集院」という言い方をすることが多い。前者はテレビやラジオの昼の番組での顔で、後者は深夜ラジオの顔だと。その際に言われる「黒伊集院」は、たいてい彼の「毒舌」部分を指している。そして、それこそが、伊集院のラジオの魅力だと評される。

だが、彼の本当の意味での真骨頂は、人の心理をついたいやらしい「ルール作り」にある。絶妙なさじ加減で作られたルールの中で伊集院とリスナーとの共犯関係が結ばれていく。

「芳賀ゆい」の場合は、あくまでも架空で、ひとつのイメージに固めないまま、どこまでいかにもアイドルっぽいものを作れるかということだ。アイドル文化へのアイロニーも含まれていただろう。そのルールに従っていさえすれば、悪ふざけし放題。その結果、いつのまにか、当初想定していたものよりも遥かにスゴいものが生み出されていく。まさに人間の想像力の無限の可能性を証明している。

伊集院光は芳賀ゆいという想像上のアイドルを作り上げたことで一気にラジオ界で知らぬものがいなくなった。やがて、彼女と同じように伊集院光は世間の想像を超え、ラジオの王様になったのだ。
戸部田 誠(とべた・まこと)

1978年生まれ。ライター。ペンネームは「てれびのスキマ」。『週刊文春』「水道橋博士のメルマ旬報」などで連載中。著書に『タモリ学』『コントに捧げた内村光良の怒り』『1989年のテレビっ子』『人生でムダなことばかり、みんなテレビに教わった』『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』など。(写真=時事通信フォト)

阿久根市は日本の縮図だ

阿久根市は日本の縮図だ

「私の数年分の年収。下げて当然でしょ」

6日午後、阿久根市役所を訪れた会社員の女性(61)は、昨年末に張り替
えられた紙を見て、うなずいた。

〈1億6270万円(正規職員数22名)〉。

部署ごとに2007~09年度の人件費と職員数が並び、最後に〈皆様のお役に立つ職場作りに努めます〉とある。

「市職員の半数以上が年収700万円」

「立派な車や家を持っているのは公務員だけ」

住民の多くは「官民格差」に敏感だ。

市役所から5キロほど離れた山あいで十数頭の肉牛を飼育している寺地政文さん(74)が格差を感じ始めたのは、竹原信一前市長(51)が09年2月、市のホームページに全職員の給与を公表してからだ。

「肉は売れず、数億円の借金を抱える仲間もいるのに……」。

県外にいる子どもたちまでも「不景気で帰省できない」と言い、今年の正月は孫にも会えなかった。

「とにかく格差のない阿久根にしてほしい」。その思いをますます強くした。

市中心部の商店街。

ある通りには15年前に27店があったが、今も営業しているのは5店だけだ。