政治家にはトレーニングシステムが必要

鳩山元首相「政治家のトレーニングシステムが必要。『きちんとトレーニングした人しか議員にしない』となるべき」

2018/08/19(日)

政治家のトレーニングシステムが必要

ただ、それ以上に必要なのは、先述したように、政治家がふさわしい資質を備えているか、何らかのかたちで判断したり、資質を磨くトレーニングをしたりすることではないでしょうか。

イギリスでは、新人の政治家は最初、厳しい選挙区で立候補をさせられ、有権者との関係づくりをたたき込まれます。

日本の場合、世襲議員はもとより、多くの議員が最初から自分に有利な選挙区を選んで立候補できます。鍛えられ方が足りません。

やはり、トレーニングシステムはなんらかの形でつくるほうがいいと思います。

政党ごとにやるのも一策です。ある政党が「うちはきちんとトレーニングした人しか議員にしない」となると、その政党への信頼感は高まるでしょう。

「試験」も考えられないか。官僚に公務員試験があるように、政治家にも一定の知的能力、国民のために奉仕する気持ちを判断する機会があっていいのではないでしょうか。
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支那がバックにいるから超強気だね

続 ブタ以外の動物は

続 ブタ以外の動物は

怠惰な快楽主義の旗印

強い繁殖力が禁欲的なイスラムの教義に反する

豚は非常に繁殖力が高く、一年中交尾と出産を繰り返す。

一方で労働力としては全く役に立たない怠け者で、「食っちゃ寝」を繰り返す怠惰な快楽主義者。

どちらかと言うと厳しい神の管理下で、ストイックな生活を信条とする禁欲主義のイスラム教徒にとって、豚は極めて堕落した、悪魔の一面を持つ生き物と映ったことだろう。

古代エジプトの影響

豚の飼育者は卑しき身分の「賎民(せんみん)」

豚はイノシシを家畜化した動物だが、その歴史は8,000年以上と非常に古い。

古代エジプトでも豚は家畜として飼育され、食用にされていたが、その生態からか、飼育者は一般市民より身分の低い賎民の役目とされてきた。

啓示宗教/アブラハムの宗教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)は、古代エジプトの影響を強烈に受けており、こうした古代エジプトの宗教観が豚をタブーとする考え方に影響を与えた可能性は極めて高い。

ちなみにユダヤ教では旧約聖書レビ記において、「(四足の獣の中で)反芻しない動物」という理由から、豚は不浄な動物(食することはタブー)とされている。(馬・ロバ・ウサギなども同様の理由からタブー)

反芻(はんすう、rumination)は、ある種の哺乳類が行う食物の摂取方法。まず食物(通常は植物)を口で咀嚼し、反芻胃に送って部分的に消化した後、再び口に戻して咀嚼する、という過程を繰り返すことで食物を消化する。

定住型の家畜

農耕民族向けの家畜としての適性が地位の低下を招く

豚は典型的な定住型の家畜だ。

よって農耕民族の様な定住型の民族に適した家畜であり、反対に狩猟民族の様な移動型の民族には向かない。

イスラムが誕生した頃のアラブ民族は、典型的な遊牧民であったが、モンゴルの遊牧民などを見ても移動型の狩猟民族は、当然ならが牛・馬・羊など遊牧型の動物を家畜とする。

自らの生活スタイルに豚の飼育環境が適さない事に加え、農耕民族より自分達狩猟民族の方が優れているとする考え方が、農耕民族の家畜である豚の軽視にも繋がり、禁忌とされるに至ったとされる。

食料の確保

人間と重なる食料が、生存競争におけるライバルと見なされる

肉、穀類、野菜、昆虫・・・

豚は人間が食べる物なら、おおよそ何でも食べる。

現在のように豊富な食料が生み出せなかった時代において、人間とほぼ同じものを食べる豚は生存競争におけるライバル的存在でもあった。

ただでさえ乾燥した土地柄、牛や馬の食べる牧草は育っても、人間の食料となる穀物は育ちにくい環境。

共同体としての精神の強かったイスラム教徒にとって、貧困者をはじめとする共同体の人間を守る為に、豚の飼育を禁止したことが考えられる。

水の大量消費

豚による大量の飲水量から、貴重な水資源の枯渇を危惧

牛ほどではないにしろ、豚は飼育するのに非常に多くの水を消費する家畜だ。

豚は免疫力、抵抗力、環境適応力がどれも非常に高く、飼育も容易だ。

加えて、繁殖力も非常に高い為、一度飼育を始めれば、養豚場は短期間で水の一大消費スポットに早変わりする可能性が高い。

砂漠の民にとって水は何よりも貴重な存在であることは言うまでもないが、現在のような十分な固体管理体制も確立されていない状況下で、大量飼育による貴重な水の枯渇を恐れたムハンマドが、早々に豚の飼育を禁止させようとした可能性は極めて高い。

殆ど語られることのない理由だが、私は水に関するこの理由が、豚肉の禁忌に極めて重要な影響を与えたと考えている。

 

イスラム教では豚肉を食べることが禁止

イスラム教では豚肉を食べることが禁止

「食することが禁止されているものは、死肉、血、豚肉、アッラー以外(の邪神)の名で供えられたもの」(2章173節)

「汝が食べてはならぬものは、死獣の肉、流れ出る血、豚肉、さらにはアッラー以外の神の名を唱え殺されたもの、絞殺されたもの、打ち殺されたもの、堕死したもの・・・(クルアーン5章3節)

「食べたいものは何でも食べることが出来る。ただし死獣の肉、流れ出る血、豚肉-それは不浄である-、アッラー以外の名が唱えられたものはこの限りではない」(クルアーン6章145節)

何故イスラムはここまで頑なに豚を拒絶するのだろうか?

衛生面

?様々な病原菌を保有しており、感染症(伝染病)の原因となる

誰もが真っ先に思い浮かべるのが衛生面での不安だろう。

豚は様々な感染症(伝染病)を媒介することで知られているが、昔は生食や十分に加熱調理することなく食される例も多く、旋毛虫の引き起こす旋毛虫症や、トキソプラズマによるトキソプラズマ症などの感染症に苦しめられることが多かった。

ただでさえ厳しい暑さの続く中東では、食に対する危険性は高く、人々の不安は大きい。

その為、感染症(伝染病)予防には神経を尖らせていたことは想像に難くなく、豚肉同様死獣や血などを頑なに禁止する理由も、こうした感染症(伝染病)を予防する為と考えられる。

不浄・不潔な大食漢

あらゆるものを貪り食う大食漢で、不浄・不潔なイメージが定着

意外にも豚は非常に清潔好きで賢い動物だ。

しかし、その一方で飼い方を間違えると、自らの糞尿などを含め、ありとあらゆるものを貪り食う「いやしい大食漢」になり下がる。

これは飼育する側に大きな原因があるのだが、いずれにせよそうした姿は、豚を食する側に、感染症など何らかの病気をもたらす可能性ばかりか、その血肉を取り込むことで「不浄な人間になる」といった精神面での悪影響を連想させた。

労働力としての価値も無く「食っちゃ寝」を繰り返す姿に、お世辞にもスマートとは言えない見た目も加わって、非常に不浄・不潔で怠惰な生き物に映ったのだろう。

豚を食べると豚になってしまう・・・

こうしたいやしい習性や醜い見た目、不浄・不潔な豚の生活スタイルそのものが、ムハンマドから禁忌の烙印を押される直接的な原因になったとみる学者は非常に多い。

家畜としての価値

他の家畜程、バラエティに富んだ恩恵をもたらさない

家畜はその肉以外にも、様々な恩恵を飼い主に与える。

羊は肉の他に毛皮を提供し、鶏は卵を産む。馬やラクダは乗り物としての価値が高いし、牛やヤギはミルクや肉をもたらすだけでなく、労働力としても貴重な存在だ。

この様に家畜は実に様々な副産物を飼い主に提供してくれる存在だ。

しかし、豚は卵も産まなければ、毛皮も取れない。労働力としても使い物にならず、他の家畜に対して、総合的な価値は著しく低いと判断された可能性は否定出来ない。

養殖ニジマスは「サケ」

養殖ニジマスは「サケ」、中国業界団体が宣言 偽装疑惑受け

2018/08/16

【AFP=時事】ニジマスもサーモンである──。

中国で今年、国産「サーモン」の刺身の多くが実はニジマスであることが国営テレビで暴露され、消費者の信頼を損ねていた国内の養殖業者団体がこのほど、ニジマスをサケの一種と見なす新たな基準を打ち出した。

信頼を取り戻すための苦肉の策だが、専門家からはニジマスとサケは別の魚だと一蹴されている。

国営の中国中央テレビ(CCTV)は先ごろ放送した番組で、チベット高原で養殖されている「淡水サーモン」を紹介。

その中で、スーパーに並んだサーモンの切り身の映像に重ねて「皆さんはご存じないかもしれませんが、チベット高原では長らくこのサーモンが養殖されていて、市場のごくわずかどころか3分の1を占めています」とナレーションが入った。

放送後、中国のソーシャルメディアでは、大半のサケは孵化(ふか)すると海に出るが中国内陸部の「サケ」がそこから何千キロも離れた海までどうやって移動するのかと問う意見など、疑問の声が噴出。
上海を拠点とするニュースメディア「澎湃新聞(The Paper)」が現地に派遣した記者は、国産の「淡水サーモン」が実際はニジマスであることを突き止めた。

淡水魚の食の安全性をめぐる懸念が高まる中、国内の電子商取引(EC)サイトはチベット高原の養殖業者に対し、これまでサーモンとして扱ってきた切り身にニジマスと表示することを義務付けた。

これは各社の売り上げを落ち込ませ、業界の危機に油を注ぐ結果になっていた。

窮地に陥った養殖業者らは先週末、窮余の策を編み出し、新たな規則として、「サケ」の定義を拡大解釈してニジマスも含むことに決めた。

だが、魚の研究者にはまったく相手にされていない。ノルウェーのベルゲン大学(University of Bergen)のサケ専門家、シグード・ステファンソン(Sigurd Stefansson)氏は、「ニジマスをサケと呼ぶことはできない」と述べ、両者は関係はあるが別種のものだと指摘している。

クレジットカードがキャッシュレスの主役になれない理由

クレジットカードがキャッシュレスの主役になれない理由

2018/08/15(水)

日本のキャッシュレス決済比率が世界的に見て低いことは、最近メディアでもよく報じられているのでご存じの方も多いだろう。

経産省の資料によれば2015年時点で韓国はキャッシュレス決済比率が89.1%、中国は60.0%、スウェーデンは48.6%、アメリカは45.0%の一方で日本は18.4%とドイツに次いで低い。

政府はこれを2027年までに40%程度まで引き上げたいようだが、実現には大変な困難がある。

この背景には、強盗や盗難の危険が少なく、偽造紙幣もほとんどなく、ATMが至る所にあるので、現金決済に不自由を感じないといった日本の特殊事情があるが、それだけではない。

特に現在日本のキャッシュレス決済の中心となっているクレジットカード決済については、解決すべき様々な課題がある。

インターネット上の買い物についてはクレジットカード決済が進んできているが、お客様がお店に来て決済する対面決済の世界では、まだまだカード決済の比率は低い。

特に首都圏を離れて地方に行けば、依然として現金決済が完全に主流である。

これには幾つか理由が考えられるが、その最大のものは、カード決済をした際に、お店(クレジットカードの加盟店)がクレジットカード会社に支払う手数料が高いことがあげられる。

日々厳しい競争にさらされ、利幅が薄くなっている加盟店にとって、以前よりは低くなってきたとはいえ、売上代金の3.5~5%、業種によってはさらに高い手数料をカード会社に支払うのは容易でない。

手数料が仮に4%だとして、月商が100万円の商店は毎月4万円を支払わなければならない。

残り96万円から仕入、家賃、人件費などを払うのだから、この4万円は痛い。

また、高い手数料のほかにも、クレジットカード決済だと売上金の入金が、通常半月から1か月後になることや、狭いレジの周辺に、クレジットカードの決済端末を置くと狭い場所がさらに狭くなってしまうというデメリットもある。

複数のクレジットカード会社と契約すると、場合によっては複数の端末を置く必要が生じることもあり、レジ回りが端末で占拠されるだけでなく、店員もそれぞれの端末の使い方に習熟する必要が生じて大変だ。

一方でクレジットカード決済にすることのお店にとってのメリットといえば、クレジットカード払いだとお客様にポイントがたまるので、お客様がほかの店に行かずにクレジットカードが使える自分の店の方に来るようになることが考えられるが、実際にはその効果は目に見えてあるわけではない。

手元に現金の持ち合わせがないお客様がいてもカード払いができると商売の機会を失わずにすむというメリットや、カード払いにすれば売上金を金融機関に入金する手間や日々の釣銭の用意が不要になるほか、現金の受け渡しミスや店員による現金のちょろまかしといったことが無くなるといったメリットもある。

しかしこれだけでは、お店の店主にカード決済の導入を決意させるには不十分だと思われる。

実際私も、7年間クレジットカード等に関係する会社にいて加盟店開拓をしたが、なかなか容易ではなかった。

したがって、クレジットカード決済の普及を図るためには、まず加盟店が高いと感じている手数料を下げることが必要であり、実際、経産省も手数料を低く誘導したいと思っているようだが、クレジットカード会社にはクレジットカード会社の事情があって、もうこれ以上大幅な引き下げは難しい状況にある。

この点に関しては稿を改めて論じたいと思うが、日本のキャッシュレス化は、クレジットカードの利用拡大を目指すだけでは無理だと思う。

空海は生きている

空海は生きている?

1200年間、空海には今も1日2回の食事が運ばれている【日本の不思議】

2018/08/15

平安時代初期の僧侶で、仏教界のカリスマ的存在とも言える空海(弘法大師)。

長期留学の学問僧として中国(唐)に渡り、真言密教を日本に伝授しました。

四国の八十八ヶ所の寺院などを選び四国八十八ヶ所霊場を開創したことでも有名です。

そんな空海にいくつもの不思議があるのはご存知でしょうか? 今回はそんな空海の不思議に迫ります。

まさに天才! 空海は多彩な才能を持っていた

真言密教の開祖として知られる空海ですが、唐で学んだ土木知識を活かして、香川県にある満濃池をたった3か月で治水したり、中国でも認められるほどの書の達人でもあったそうです。

また空海は漢詩の名人でもありました。

この他にも、難解なサンスクリット語と中国語を数か月で習得したり、たった2年間の留学中に儒教・道教・キリスト教・ゾロアスター教・マニ教といった様々な教えも学んだとか。

空海が東洋の「ダ・ヴィンチ・コード」と言われているのも納得ですよね。

空海の不思議というよりも、才能の話になってしまいましたが、類まれな努力家かつ多才な人物だったと言えるでしょう。

空海には温泉や湧き水を見つける霊力があった!?

全国には空海が発見したと言われる温泉が点在しています。

福岡県糸島市にある「まむし温泉」は空海が「霊力によって薬水を湧き出させた」と言われていたり、群馬県の川場温泉は空海が錫杖(しゃくじょう)の先で大地を突いたことにより、豊富なお湯が湧き出したと言われています。

また空海は日本全国に湧き水を湧出させたという伝説も数多く残っています。

愛媛県西条市や神奈川県の大山にある「弘法水」が有名です。

この空海の霊力は20歳になる前から山林で修行体験を積み重ねた賜物だと言われています。

虚空蔵求聞持法という100日間で呪文を100万回唱える過酷な修行もしていたそうですよ。

空海のような天才がこのような厳しい修行をすれば、何か特別な感覚や能力を得ていたとしても、おかしくはないかもしれませんね。

しかし! 夢のない話になってしまいますが、空海が霊力を使って温泉や湧き水を見つけてはいないという説もあります。

確かに、唐から薬学や鉱脈技術に関する豊富な知識を持ち帰ったと言われている空海が、霊力ではなく知識を使って温泉や湧き水を見つけた可能性も大いにあります。

今となっては事実を知ることはできませんが、いずれにしても全国各地に名を残している空海が凄いことには変わりはないでしょう。

1,200年もの間、空海には1日2回の食事が運ばれている

空海によって開創された真言宗の総本山「高野山」。

奥の院には空海が入定(瞑想をして生きたまま仏になること)した御廟があります。

高野山では空海は今も生きているとされていて、奥の院には毎日朝6時と10時半の2回、食事が運ばれているんです。

この儀式は「生身供(しょうじんぐ)」と呼ばれています。

数名の僧侶によって食事は運ばれているのですが、まずは嘗試地蔵(あじみじぞう)の前で毒味をすることからスタートします。

その後、維那(いな)と呼ばれる空海の世話係を代々行なっている僧侶が先導して、空海が瞑想しているとされる御廟の中に入っていきます。

空海に届けられる食事は、伝統的な精進料理を中心としたメニューとなっていますが、パスタやシチューなど洋食メニューもあるとか!

ちなみに空海が入定した日には、毎年衣類も届けられているそうです。

御廟内はもちろん撮影&立ち入り禁止になりますが、それまでの生身供の儀式は一般の人でも見ることができます。

高野山に行く機会があったら、ぜひ見てみたいですね。

奇跡の連発! 空海はいくつもの不思議な伝説やエピソードを残している

空海はいくつもの不思議な伝説やエピソードを残している人物でもあります。

そのひとつに幼少期に仏門に入る決意を固めるため、断崖絶壁から3回も飛び降りたという伝説があります。

普通の人だったら、単なる自殺で終わりそうですが、空海はやはり凄かった!?

崖の上から「自分が仏道に入り、多くの人々を救うことができるのであれば、霊験を示したまえ。

さもなくば、この身は仏に捧げる」と唱えて身を投げたところ、釈迦如来と天女が雲の間から現れ、空海の命を助けたそうです。

またこのような不思議なエピソードも残っています。

空海が遣唐使として中国に向かうとき、4艘の船で海を渡っていましたが、航海の途中で嵐に遭い、2艘が沈没(もしくは行方不明)してしまうんです。

しかし、空海が乗っていた船と、のちに天台宗を開いた彼の生涯にわたるライバル、最澄が乗った船は無事でした。

単に運が良かっただけという解釈もできますが、最澄と共に、確固たる使命を持って生まれ、天から強いご加護を受けていた人物だとも思えるエピソードですよね。

高野山の宿坊で朝勤行を体験できる

世界遺産の空海が入定した高野山に一度は行ってみたいと思いませんか? 高野山には多くの宿坊があり、お堂で読経を聞く朝勤行も体験できます。

写経体験ができる宿坊もありますよ。季節の食材を中心とした精進料理を味わい、早朝に起床し、お勤めをする・・・想像しただけでも、精神が研ぎ澄まされそうですね。

また「恵光院」にはナイトツアーもあり、専門ガイドの案内で夜の奥の院に参拝ができます。

少し怖い気もしますが、幻想的な雰囲気を堪能できるかもしれませんね。

参考文献

[謎の空海 誰もがわかる空海入門]

[開祖物語: 仏教の道を開いた超人たち]

[高野山]

[All photos by Shutterstock.com]

泉今日子、藤井フミヤと寝ての脱出シーン

小泉今日子、藤井フミヤと寝ての脱出シーン

2010/09/15

このフォットは小泉今日子は窮屈そうに車に身を隠しているシーンだ。

なぜ身を隠す?それはチェッカーズの藤井フミヤとメイクラブの一夜を過ごし(ラブホテルで)、仲良く手をつないで自宅マンションに二人で帰ってきたら待ち構えていた記者の張り込みに気付き、必死で非常口からマンションに逃げ込んだ。

が翌日、コンサートでどうしてもマンションを出なければならず、マネージャーの車の後部座席に身を沈めている姿・・・なのだ。

藤井フミヤはその後、幼馴染と結婚。

キョン2はその後フミヤの弟と半同棲。

その後は結婚した永瀬正敏との交際もスクープされたものだ。が永瀬とも2004年には離婚。

最後の「旧来型アイドル」かもしれないが、ややインパクトに欠ける気がする。

器量は(シロウト衆としても)並の上くらいか・・・。その平凡さが受けたのかもしれないが。

タイ軍政の中国ご機嫌取りに国民激怒

タイ軍政の中国ご機嫌取りに国民激怒

2018/08/14(火)

タイ軍政の中国ご機嫌取りに国民激怒

・タイ、主要国際空港に「中国人専用入国審査レーン」設置。

・背景にタイ経済の中国政府援助と中国人観光客の消費への依存。

・タイ国民はマナーの悪い中国人観光客に嫌中感情を高めている。

東南アジアの優等生とかつて言われたタイが、中国企業の進出、投資、多数の中国人観光客の訪タイなどで中国との関係を年々深化させている。

しかし、民間レベルでは中国企業、中国人のタイへのなりふり構わぬ自国流儀の持ち込み、そして尊大、傲慢な振る舞いに「中国嫌い」が着実に進行する事態となっている。

そうした国民感情とは裏腹に政権を掌握する軍政は中国依存の姿勢から脱却することができないばかりか、さらに一層中国頼みが顕著になりつつあり、特に観光面で「中国優遇」政策を取り始めている。

国際社会や東南アジア諸国連合(ASEAN)の中ではいまや独裁的手法のドゥテルテ大統領率いるフィリピン、中国の「属国化」となり果てた強権独裁者フン・セン首相のカンボジアと並んでクーデターで政権を掌握した軍政が支配するタイは「異質のお荷物国家」になり果てようとしている。

中国は習近平政権が進める自らに好都合な構想「一帯一路」を実現させるためにタイとの関係強化を図りながらも、欧米などの国際社会が求める「早期の民主的選挙の実施」に拘泥することもなく、経済協力の名の下インフラ整備に惜しげもなく援助を続けている。

タイ軍政にとっては注文や文句を言わずに援助してくれる中国との関係は、自らの政権基盤の安定という面からも好都合で、タイ・中国両国の利害は一致、ますます中国寄りが鮮明になりつつある。

■ 中国人専用レーン設置、空港の入管

タイ移民局とタイ観光警察局は8月3日から国内の主要国際空港の入国管理審査所に中国人専用レーンを設置、運用を始めた

首都バンコクの玄関口であるスワンナプーム国際空港には18レーン、ドンムアン空港には21レーンの「中国人専用入国審査レーン」が設けられ、中国語ができる係官が配置され、タイを訪れる中国人の個人、団体旅行者に特別な便宜を図ることになった。

このほかにチェンマイ空港8レーン、プーケット空港18レーン、ハジャイ空港10レーンと国内5空港に専用レーンは設置され、中国が「中国の一部」と主張する香港や台湾のパスポート所持者も同専用レーンを利用することが可能という。

タイ入管当局は「タイにとって最も重要な訪問客である中国からの観光客に対する私たちの親切と親愛の情を表すものである」と専用レーン設置の理由を説明している。

■ 専用レーンの背景にプーケットの事故

こうした「特別待遇」の背景には、7月5日に国際的な観光地プーケットの沖で中国人観光客を乗せた観光遊覧船が転覆し、中国人47人が死亡した事故がその一因となっているという。

この転覆事故ではタイ人名義で実質中国人が経営するという旅行会社のツアーで、出港当時に気象状況が悪いため出した警告を無視して事故に遭ったことなどから、タイのプラウィット副首相が「中国人が連れてきた中国人が亡くなった事故であり、気象警報無視が原因だ」と突き放したような発言した。

これに対し中国メディアが「無責任極まりないタイ政府の姿勢だ」「少なくとも事故原因の究明だけはきちんとやるべきだ」と猛反発が起きた。

この時期にはタイ北部で大雨のため洞窟内に取り残された少年サッカーチームの少年らの救出が国際的にも大きな注目を集め、遊覧船事故の中国人行方不明者の捜索にタイの全力姿勢が感じられない、と中国から捜索隊が派遣される事態になっていた。

こうした状況からプーケットでは事故後中国人観光客が19ホテルの7300室をキャンセルする事態に発展した。

「中国人観光客がいなくなり、ビーチは本来の静けさを取り戻した」と地元では歓迎する空気が生まれた一方で、観光業に依存するプーケットはキャンセルなどによる損害が700万バーツ(約2310万円)と深刻化、なんらかの対策を政府に求める観光業界の動きも始まっていた。(参照記事「タイで増える“嫌中” 中国は意趣返し?」)

■ 冷めた民間の対中国人感情

中国人観光客が激減したプーケットの様子を歓迎する声があったように、一般のタイ国民の中国人観光客、特に団体観光ツアー参加者への評判は相変わらず最悪だ。

所かまわぬ唾棄、痰吐き、立ち小便、喫煙に始まり列への割り込み、大声の会話、放歌高吟、ホテル備品の持ち去り、食べ放題レストランでの大量の食べ残し、公共建造物などへの落書と悪態は枚挙にいとまがない。

さらに最近は無免許運転による事故、偽造旅券の使用とマナー違反、犯罪が多発している。

タイ北部の仏教寺院の中には「中国人観光客立ち入り禁止」の看板を抱えたところもあるほどだ。

■ 中国人観光客年間1千万人を目指す

2017年にタイを訪れた中国人観光客は980万5753人(前年比12%増)で第1位となっており、海外からの観光客の約28%を占めている。

さらに中国人がタイで支出した金額は5245億バーツ(約1兆7800億円:1バーツ=約3.4円)で、大きな経済効果を生んでいるのも事実だ。

そのためプラウィット副首相は中国側の思わぬ反発に慌てて「中国人に不快な思いを与えたのであれば謝罪したい」と先の発言を訂正謝罪と態度を変化させ、軍政のプラユット首相もプーケットを訪れて遊覧船事故で負傷した中国人観光客を見舞い、犠牲者に対しては1人100万バーツの補償金を支払うことを表明するなど関係修復に躍起となった。

その上で中国人観光客のタイ誘致を復活させ、さらに増加させようと今回の「中国人専用レーン設置」を決めた。

このほかにも中国人に対するマルチビザ発給の検討を始めるなどタイ政府は中国に気を使っており、地元記者などからは「まるでご機嫌取りのようだ」との批判もでている。

タイ軍政はそんな声も無視して、今年の中国人観光客の訪タイ総数を1000万人超に設定して、あの手この手の誘致に必死となっている。

「ヤマギシ村」での夏合宿

夏が来れば思い出す… 子供にハードな農作業を強いる「ヤマギシ村」での夏合宿

2018/08/14(火)

子どもたちの夏休みもぼちぼち終盤でしょうか。我が家はと言えば子どもは保育園、夫婦ともにお盆休みは特にナシという状態なので、特に代わり映えのない毎日ですが、それでも昆虫展を目にしたり、ベランダから花火が見えたりすると「夏休みシーズンなんだなあ」という実感がわいてきます。

大人になっても、〈夏休みの思い出〉は特別だという人も多いでしょう。

ところが私の場合〈夏がくれば思い出す~〉のは、はるかな尾瀬でもひと夏の恋でもなく、〈ヤマギシ村〉の合宿です。

ヤマギシ村とは通称で、日本最大のコミューンを作り上げている集団農場のこと。〈理想社会の実現〉を目的とする組織〈幸福会ヤマギシ会〉によって運営されている施設です。

WEB連載時から大反響を呼んだという『カルト村で生まれました』『さよなら、カルト村』(高田かや著/文藝春秋)は、その舞台を〈「所有のない社会」を目指すある集落〉と説明されていますが、それはぶっちゃけここのこと。

ヤマギシ会は、1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件以降、同種の危ないカルト集団であると批判の目を向けられるようになりましたが、私が合宿に参加したのは1980年代前半。

きっかけは〈おいしい卵が買える〉という口コミで、自然派志向な近所の母親たちが集ってヤマギシの農産物を共同購入していたことです。

その流れから、〈自然と触れ合える楽しい夏合宿!〉的なふれこみの、ヤマギシ村のイベント「夏の楽園村」に幼馴染とふたり放り込まれたのです。

ネットも携帯もなかった昭和の時代。専業主婦であった母たちは、ヤマギシ会が特殊な組織だとは露ほども思わなかったそうです。

2000年に発行された『カルト資本主義』(斎藤貴男著/文春文庫)には、ヤマギシ会のこんな解説がありました。(※1997年に発行された単行本が、一部加筆修正されて文庫版になったもの)

・「原始共産制共同体(コミューン)」の一形態。資本主義社会の根本原理である「所有」の概念を全否定している

・村内では金銭の必要はない。上下の関係もない。すべては話合いの場で決定される

(と言うのはもちろん建前で、組織の都合のいい意見に同調するまで、話し合いから解放されないという話も)

・村人たちはあくまで〈自主的〉に、朝6時から夕方6時過ぎまで働く

(衣食住は確保できるが、実質報酬ナシ。のちにわずかな小遣い程度の現金が与えられるようになったよう)

・取材時の案内人の言葉→「我欲がなく、腹のたたない人間ばかり。全員が家族で仲良。一切の競争や対立とも無縁」

・創始者山岸がこの集団を作った経緯→独自の養鶏法を編み出し、ニワトリ社会に理想社会の縮図を見るようになっていった

・「超能力」や「生まれ変わり」を声高に叫びはしないからオカルトの臭いはやや薄いが、宗教性は否めない。創始者が霊的啓示を受けたと言う話も有名で、養鶏普及会発足に至るまで天理教など複雑な思想遍歴を辿っている

・近年は世界救世教にも似たエコ主張を展開している

(ところが作者の調査によると、循環農法を謳いながら、輸入飼料や抗生物質を使用。大量の糞尿で地元に公害を及ぼしたなどのトラブルも相次いだそう)

・「ハレハレ(晴れのち晴れ、楽しいばかりで嫌なことがないの意)」の世界で、「何でも、誰とでも『ハイ』でやれる」子どもが最高だとされる

(要は素直にコントロールされる子ども最高!ってことですね)

・自由恋愛は許されず、生活調整機関が結婚相手を見つけてくる

(ウワサによると、中絶なども世話人が一方的に決めるとか……)

そして共同体生活の実態は奴隷状態であることや、財産の「寄進」ルールなどの恐ろしい話も続々登場。

前出の『~カルト村』は、

「こんな環境で育ったんですよ」という静かなトーンで淡々と語られるものの、手紙の検閲や健康的とは言えない食習慣(当時は子どもも朝ごはん抜きの1日2食)、体罰、マインドコントロールに近い〈話しあい〉、あげくの果てに本人の意思を無視した〈調整結婚〉等、傍から見ればおかしなことだらけ。

子どもを支配する親への戒めとして〈子どもは親のものではない〉という言葉がありますが、ヤマギシ会では〈親のもの〉どころか〈共同体のためのもの〉となるよう。

これが「理想の社会」というから、なんという闇深い共同体なのか。

さて、合宿に話を戻しましょう。

ヤマギシ会では〈無所有〉の概念を子どもにも適用し、〈子どもも誰のものでもない〉と考えます。

そして〈子どもを親元から離して群れに放つ〉という理念を一般家庭の子どもへも向けた、学育イベントとしての夏の合宿が「子ども楽園村」。

申し込み時の説明会に参加した母は、後にこんな感想を漏らしていました。

ノジル母「そういわれてみれば。説明会の時にいた村の人たちって、なんていうか……今までどこでも会ったことがないようなタイプの人たちだったのよねえ」

違和感があったら疑えよ~。気軽に子どもを送り込むなよ~。なんて大人になった今は思うものの、軽いノリで親に参加させられた子どもたちも多かったのではないでしょうか。

ヤマギシ村の夏合宿体験談はネット上にあふれていますし、正確な人数はわかりませんが私が参加した年も、結構な数の子どもたちがいたような記憶がありますから。

*   *   *

昭和某年8月、いよいよヤマギシ村合宿の始まりです。

三重県の会場には、日本各地からやってきた子どもたち。これをいくつかの班に振り分けて共同生活をするのですが、なぜか一緒に参加した幼馴染とは別の班へ。夏のレジャー気分だったのに、一気に意気消沈です。

世俗から切り離す、という意図なのでしょうかねえ。私とは頭の出来が違う(記憶力がハンパない)、幼馴染Mちゃんは当時をこう語っています。

幼馴染「合宿の初めに、村のルールを説明されるんだよね。

とにかくここの皆は仲間、家族みたいなもの! 仲良く助け合おう! 協力し合おう! 年長者は下をかばい、下は上の言うことを聞く……みたいな。

集まった皆は兄弟で、ヤマギシのお兄さんお姉さんはお父さんお母さんだって言われた。

それはもちろん子どもに分かりやすく村の考えを説明するための言葉で、この1週間はそうやって過ごすのがルールなんだなって分かっていても、言葉にされると妙な気持ち悪さがあったなあ」

幼馴染「でも、割り切ってしまう方が楽なんだよね。はじめは違和感があっても子どもは単純だから、聞いているうちに『そっか! この中にはいい人しかいなくて、誰にでも話しかけていいんだ! 手を繋いでもいいんだ!』と思わされてしまった(笑)。

でも、中にはちょっと敏感で怖がる子も。

それを見ても、逆に『あれ? この子おかしいのかな?』なんて思っちゃったり」

このルール説明の話、実は私は1ミリも記憶にありません。ダメ過ぎるだろう、自分。

合宿生活が始まると、朝は家畜の世話という軽作業にかりだされます。

私の班は、ニワトリ小屋での作業。

そこで遭遇したのは、動物の扱いに慣れていないちょろい子どもをナメきって、とび蹴りを繰り出してくるニワトリの恐ろしさ……! 生まれてはじめて受けるニワトリの洗礼に、毎朝ぎゃーぎゃー大騒ぎしていました。

その傍ら、幼馴染の班では〈豚・牛〉というさらに大物があてがわれていたのです。

幼馴染「豚小屋牛小屋は、熱気と臭さで頭がボーっとしちゃうんだよね。

小屋の端の方で、丸々と太った黒ブタが、柵の中で身動きとれない状態になってたの。

その豚の背中に巨大なフォークみたいなので刺された傷あとが点々と。

うっすら生えた短い毛の間から血がも浸み出してて……あまりの気持ち悪さと暑さで、外に出て吐いてしまった。

別の日に見学させられた牛の出産も、子ども目線では虐待されているみたいに見えちゃって。

そのうえかなり時間がかかったから、とにかく暑くて暑くて。

熱中症でクラクラして、最後は意識がなくなるくらいの状況だったなあ。

ノジルと引き離されちゃうしあまりに非日常の世界で、コレって怪しい? 誘拐される? とかまで考えちゃって本当に怖かった……。

夏休みが終わって新学期が始まっても、その後何年も、くり返し夢にみたくらい」

幼馴染は頭がいいぶん繊細なので、ヤマギシがよかれと思って用意した〈自然体験〉がバッチリトラウマになってしまったそう。

その他にも多分いろいろなイベントがあったのでしょうが、残念ながら記憶はなし。

後に問題視された、ヤマギシ村の「子どもも1日2食生活(朝食抜き)」はこの合宿には適用されていなかったような気がします。

不満を覚えながらも1日2日……と過ごすうちに、班の中に気の合う子も見つかり、それなりに楽しく過ごせるようになっていきます。

そんな中、次第に子どもたちの間で、自分たちの生活とはかけはなれたヤマギシ村の姿がウワサされるように。

「ここにいるお兄さんお姉さんって、自分の部屋とか持ち物って全然ないんだって~」とか(前出の無所有ってヤツですね)。

楽しくなってはきたけど、「ここはやっぱり特殊な場所なんだな」という確信は高まるばかり。

幼馴染が仕入れてきた情報によると、毎年参加しているという子どももいたようで、そういった子たちは後に〈参画(村に入ることをこう言う)〉したかもしれませんね。

その理由が〈村の生活が肌にあった〉ならいいのですが、いじめや虐待から逃げてきたり、親に強制されたなどの理由ではないことを祈るばかりです。

ほかには、やたらテーマソング的な歌(「ビューティフルサンデー」の替え歌だった)を歌わせられたり、夜中の共同トイレが暗くて怖かったりといろいろありましたが、謎合宿のクライマックスはキャンプファイヤーです。

月夜の下でたき火を囲み、古いフォークソングにあわせて歌って踊る集団。振付のステップによって土埃が大気中に大量に舞い、月の光に照らされ幻想的に映ります。

どことなく、原始の世界っぽい光景。

それを子ども心にも「コレ、ハマったらヤバいやつじゃあ」と、薄気味悪く感じたことははっきり覚えています。

そして大人になり、ヤマギシ会の詳細を知るにつれ、「おいおいおい」という気持ちが高まり続け、ますます〈夏の思い出=ヤマギシ村合宿〉という構図が私の脳内に固定化されてしまったのでした。

『カルト村~』が話題になったときは、あの合宿の延長上にこんな奇妙な暮らしがあるんだなあとちょっと感慨深かったりも(あのコミックエッセイはそれ以上に、子どもが親の愛や甘みに飢える描写が衝撃的に悲しかったですが)。

体当たり潜入取材などで報告されるカルト教団の洗脳セミナーや合宿などと比べると、うす~い体験かもしれませんが、何も知らない子どもたちがうっかり足をつっこみかける罠であることは、声を大にして言う価値があるかなと。

子どもをトンデモ洗脳する罠は教育現場に入り込むおかしな講座(誕生学とかEM菌とか)が最悪ですが、ほかにも「夏の楽しい体験」を装った、トンデモはたくさんあるんじゃないでしょうかね?

ちなみにヤマギシ村合宿を通じて私が得たものは、夏場の家畜臭によるダメージを極力減らさんと無意識に身につけた「鼻から空気を吸い込まず、口だけで息をする」という技術(ダイビングでも必須らしい)。

大人になった今も、混んだ電車でエレベータでと幅広く役立っているので、それなりに〈一生ものの財産!〉と言っていいでしょう。

でもやっぱり、夏のキラキラした思い出が欲しいですけどねー。

子ども時代の夏の思い出がヤマギシ村合宿ってどうなのよ。

歩道に散水!

<東京都>歩道に散水!一定の効果…暑さ対策実験

2018/08/13(月)

◇マラソンや競歩のコースになる皇居外苑の内堀通りで

2020年の東京五輪・パラリンピックの暑さ対策に向け、東京都は13日、マラソンや競歩のコースになる皇居外苑の内堀通り(千代田区)で、歩道に散水して路面の温度変化を調べる実験をした。今夏の猛暑を受けて観客向けの対策のために都が初めて実施した。

東京五輪の男女マラソンは、暑さ対策のため開始時刻を当初予定より早めて午前7時、競技が4時間程度に及ぶ男子50キロ競歩は全日程で最も早い午前6時にすることになった。

実験は競技開始前の午前4時にスタート。農業で使う穴の開いたチューブを歩道脇に約100メートル敷設して水をまき、午前10時まで30分ごとに路面の温度や気温を測った。

午前9時の気温は33.5度。散水した場所の路面温度は28~29度で安定し、散水しない所より最大4度ほど低くなった。

日傘の効果も調べたが、曇り空で目立った変化はなかった。

都の担当者は「散水すると路面温度が上昇せず、路面の照り返しを防ぐ一定の効果があった」と話した。

都は、競技コースや会場周辺の道路に路面の温度の上昇を抑える特殊な舗装をするほか、街路樹が大きく育つように剪定(せんてい)し、観客が涼を感じられるよう木陰を作るなどの暑さ対策も進める。