習主席はなぜ突然安倍首相

習主席はなぜ突然安倍首相にラブコールを送り始めたのか

2018/10/23(火)

安倍晋三首相が25日、2泊3日の日程で訪中する。

日本の首相による訪中は2012年日本政府が尖閣諸島(中国名・釣魚島)に対して国有化措置を断行し、中日関係が極度に悪化して以降、7年ぶりのことだ。

李克強首相の招待で北京を訪れる安倍首相は、習近平国家主席とも首脳会談を行うものとみられる。

中日関係になぜ突然、薫風が吹いているのか。

安倍首相を招待した習近平主席の本音はどこにあるのか。

中国と日本は1972年に国交を正常化したが、過去6年間は最悪の歳月を送った。

領有権紛争のためだ。

日本が東シナ海の尖閣諸島を国有化すると、中国が猛烈に反発した。

中国はその後、中日関係改善のためには日本が「誤った行動」を正して、両国関係改善のための「具体的行動」を示すべきだという主張を繰り返してきた。

また、日本を圧迫するために両国最高指導者の相互訪問を全面的に中断させた。

中国がこれまで日本に関係改善のために求めてきたことは、尖閣諸島が紛争地域であることを日本が認める一方、米日同盟を通じて南シナ海問題などで中国をけん制することを中止せよということだった。

だが、日本がこのような中国の要求にまともに応じなかったのに、中国は安倍首相の訪中を許した。

中国自ら、その強硬な立場を和らげたということだが、いかなる理由のためか。

中国外交部の陸慷報道官は、今月12日に安倍首相の訪中を発表しながら「ちょうど中日平和友好条約締結40周年を迎えた」と述べた。

78年10月23日に東京で批准書が交換されて発効された中日平和友好条約40周年を記念するためだということだ。

しかし、これはあくまでも対外的なものだ。

本音はそれぞれ別のところにある。

現在、熾烈に展開している米中貿易戦争から、まさにその答えを探ることができる。

中国は米国との貿易紛争を戦略的競争の一環として考えている。

短期戦ではなく長期戦になる可能性が高い。

この場合、必要なことは一つでも多い友軍の確保だ。

日本をできるだけ中国側に引き込んでおく必要がある。

「友人がもう一人いれば生きていく道が一つ増える」(多一個朋友多一條路)という中国式思考が根底に流れている。

中国が日本に友好的な手を差しのべている背景には別の理由もある。

米国と葛藤が生じて以来、米国から先端産業の技術を得ることが難しくなった。

「中国人=産業スパイ」という認識が米国に広がりながら、米国の警戒心が最高潮に達した。

中国の日本接近には米国から取ってくるのが難しい技術を日本から得ようという計算も働いている。

日本も中国のラブコールが嫌ではない。

たとえ米国が日本にとって最も重要な同盟国であろうとも、中国との関係改善は「気まぐれな」ドナルド・トランプ米大統領に日本の位置づけを高める契機として作用する。
また、尖閣諸島に対する中国の挑発を落ち着かせる効果も期待できる。

結局、今回の中日首脳会談は短期的に両国の利害関係が一致したため実現することになったといえよう。

では今後、中日関係は蜜月を謳歌するだろうか。

そのようには思えない。

両国関係をめぐる構造的問題が大きいためだ。

それがまさに「歴史的な競争意識」で、これが中日関係改善の足を引っ張るものとみられる。

「歴史的な競争」との言葉自体が的外れだと主張する人もいるだろう。国土や人口で日本が中国と比較にならないためだ。

しかし、中日関係が歴史的に不信と憎しみで綴られているという点は否めない。

中国は永らく東アジアで自国中心の位階的中華秩序を構築し、近隣諸国の順応を要求してきた。

反面、日本は中華秩序の外で独自のアイデンティティを維持して中国に対して同等であることを主張した。

日本は自身の位置を「アジアの東側にある島」でなく「太平洋西側から中国を見る島」と設定してきた。

聖徳太子は607年、隋に使節を派遣し「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す」と綴った書簡を送った。

近代に入り、日本は1895年の日清戦争で勝ち、中国中心の天下秩序を瓦解させた。
1932年には中国東北に傀儡政権である満州国を設立し、37年からは本格的な中国侵略に乗り出した。

中日間で不信と憎しみの歴史遺産が作られた。

それでも日本と中国が冷戦時代にしばらく安定的な関係を維持したのはなぜか。

中日共に安保的にソ連という共通の敵がいたためだ。

また、日本から経済的支援を望んだ中国が、日本に対する復しゅうを戦略的に自制したのももう一つの理由だ。

毛沢東が「日本の中国侵略責任は日本政府にあって日本国民にはない」と述べて72年の関係正常化の時に莫大な戦争賠償金を放棄したのはこのような背景からだ。

日本は感激し、中国に対する謝罪の意味で経済的支援を行った。

このような中日関係に変化が起き始めたのは冷戦が終わった90年代初頭以降だ。

まず、安保的にソ連が解体されて共通の敵が消えた。

経済的には2010年に中国国内総生産(GDP)が日本を越えて、中国が日本に対する戦略的自制をこれ以上しなくなった。

これに伴い、中日関係には「台頭する中国、これを快く思わない日本」という構図が形成された。

中国は、安倍政府を再武装のために緊張を呼び起こす問題児としてみている。

反面、日本は習近平政府が覇権的な中華帝国の地位回復を狙っているとみて懸念している。

戦後、潜在していた中日間の歴史的競争意識が再燃する勢いだ。

こうした中、中日共に東アジアの重要国家である韓国を自国に有利なほうに誘導しようと限りなく努めている。

習近平主席が2014年訪韓時の講演で「明国のトウ子龍将軍と朝鮮の李舜臣将軍が露梁(ノリャン)海戦で殉職した」として抗日を強調したのが一例だ。

反面、日本は「韓国は自由と民主主義、市場経済など基本的価値を共有する最も重要な隣国」として権威主義的な国・中国に対して韓日が共にけん制することを希望している。

韓国としては、隣国である中日が、今後、相当期間葛藤を続けることを前提に、中日関係の推移を鋭意注視しながら、冷静かつバランスよく国益を追求していくべきだ。

あわせて、今回の安倍首相の訪中で我々が注目するべき点がひとつある。

中国が日本に求愛している理由が、日本が米国の重要な同盟国だという点だ。

これは堅固な韓米同盟が我々の対中関係でも立派な資産になることを物語っている。

◆延上模(ヨン・サンモ)

外交部中国課長・駐ウィーン代表部参事官・駐日本公使参事官・駐上海副総領事・駐新潟総領事を歴任した。台湾国立政治大学修士・誠信(ソンシン)女子大学博士。ソウル大学中国研究所招へい研究員を務めた。

延上模/誠信女子大学東アジア研究所研究委員

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