謎多き「箱館焼」と「蝦夷試制」

謎多き「箱館焼」と「蝦夷試制」 ひもとく 北海道の陶磁器 …石川県 九谷焼美術館

2019/02/11(月)

県九谷焼美術館で特別展

北前船を通じて北陸と縁が深い北海道の陶磁器に焦点を当てる特別展「ナゾの陶磁器 箱館焼と蝦夷試制(えぞしせい)」が9日、 加賀市大聖寺地方町の県九谷焼美術館で始まった。

箱館焼、蝦夷試制ともに不明な点が多く、伝世品の数も各100点程度と限られる。

特別展は本州初という規模で作品を紹介し、九谷焼との関連も指摘している。4月7日まで。

特別展は、北前船の日本遺産認定を記念して昨秋開いた「東北・北海道に渡った九谷焼」展に続く第二弾。

北海道にある七十種以上の焼き物の中から、最も早く作られた箱館焼と九谷焼の技術移入が考えられる蝦夷試制に着目した。

箱館焼四十四点、蝦夷試制五十三点を含む計百四十七点が並ぶ。

箱館焼は安政-文久年間の一八六〇年前後に函館で焼かれた陶磁器で、伝世品のほとんどが染め付けの磁器という。

函館山や海に浮かぶ帆掛け舟の風景など、当地らしい図柄を取り入れた茶入れやわんが並ぶ。

蝦夷試制は九谷焼によく似た色絵磁器。

明治三十年代に石川県で制作されて札幌で販売されたなど、いつどこで、誰が作ったかは諸説あって分からないことが多い。

「試制」は「試製」とも書き、試しに作ったという意味があるとみられる。

アイヌの熊祭りの様子が詳細に描かれた茶器セットなどが並ぶ。

蝦夷試制と九谷焼の関連は以前から指摘されていたが、特別展に備えた調査で、
大聖寺出身の九谷焼陶工が制作に携わった可能性を示す八九(明治二十二)年の北海道新聞の記事が見つかった。

これを含め、展示では、蝦夷試制がどういうものなのか、六つの可能性を示した。

中越康介学芸員は

「北海道の陶磁器は分かっていないことが非常に多い。今回の問題提起で関心を持つ人が増え、研究が発展する機会になれば」と話している。

午前九時~午後五時。月曜休館(祝日の場合は開館)。

磁器は江戸を通して肥前がほぼ独占だったが、幕末になり各藩が作り始めたんだよ。

そして明治になって武士の身分が無くなって食べるために色々産業を興した。

大概がすぐ消えた。

窯業もその一つ長州藩も明治になって萩城が取り壊され、天守閣跡の勾配を使って窯が開かれた。すぐ潰れたそうだけど。

今でも天守閣跡のしたにレンガブロックにガラス質のものが張り付いたものが転がってるが、その窯の名残。

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