「どんな動物でも一生の心拍数8億回」の謎

「どんな動物でも一生の心拍数8億回」の謎

2019/03/16(土)

早く死ぬように進化した動物たちも

■体が大きい動物ほど長生き

人は誰しも長生きしたいと思う。不老不死は、秦の始皇帝にかぎらず、はるかな昔に人が死を意識したときからの永遠の願いだろう。

長寿の確実な記録としては、フランス人のジャンヌ・カルマン氏(女性、1997年没)が122歳まで生きたのが最高とされている。

不確実な記録も入れれば、最高齢は170歳以上に跳ね上がるし、伝説も入れれば200歳以上になるけれど、いくらなんでもそれはないだろう。

目を転じて動物界を見渡せば、100歳以上まで生きるものとして、クジラがいる。

最高齢としては、ナガスクジラの116歳という記録がある。

ちなみに、最大種であるシロナガスクジラの記録は110歳だ。

このようなクジラは大きすぎて、水族館で飼うことができない。

そのため、何年生きるのか長いあいだわからなかった。

しかし、1955年にPurvesが、クジラの耳垢(じこう)に記録された年輪によって、年齢を推定できることを発見した。

クジラの耳も、私たちの耳と同じように、外耳(鼓膜の外側)と中耳(鼓膜の振動を耳小骨によって内耳に伝える)と内耳(振動を電気信号に変えて神経に伝える)に分けられる。

私たちは音(空気の振動)によって鼓膜を振動させ、その振動を中耳を経由して内耳に伝える。

しかし、クジラは水中に棲んでいるため、鼓膜ではなく下顎の骨で音(水の振動)を感じ、その振動を内耳に伝える。

そのため、クジラは外耳と中耳をほとんど使っておらず、耳の穴もふさがっている。

だから、鯨は耳垢を外に捨てることができず、生涯にわたって耳垢が溜まり続ける。

その耳垢にできる年輪によって、年齢がわかるのだ。

クジラはこのように長生きだが、カバやサイは約50年、ウマは約30年、イヌは約20年生きることが知られている。

マウスは短命で、3年ほどしか生きない。

もちろん同じ種でも、個体によって寿命はずいぶん違う。

それでも大雑把にいえば、体の大きい種のほうが、寿命が長い傾向はありそうだ。

■体が大きいほどゆっくり生きる?

体が大きい動物ほど、たくさん食べなくてはならない。

その理由の1つは、大きい動物ほど、生きていくために多くのエネルギーを使うからだ。

この、生きていくために使うエネルギー量を、代謝量と言う。

体の大きい動物ほど代謝量は大きい。

しかし、たとえば体重が10倍重いからといって、代謝量も10倍になるわけではない。

1960年代のアメリカで、動物園のゾウに薬を飲ませることになった。

だが、どのくらいの量を飲ませたらよいのだろう? その薬を、サルやネコに飲ませる量はわかっていた。

そこで、体重(ゾウは3トンだった)に比例させた量をゾウに飲ませたところ、可哀想なことに、そのゾウは、2時間も経たずに死んでしまったという。

たしかに、体の大きい動物ほど代謝量は大きい。

しかし、たとえば体重が10倍重いからといって、代謝量も10倍になるわけではない。

だいたい5〜6倍にしかならない。

代謝量は、体重ほどは増えないのである(逆にいえば、体重当たりの代謝量は、体の小さい動物のほうが大きくなる)。

実は、この現象は、100年以上前の19世紀から知られていた。

そして、さまざまな哺乳類について代謝量が調べられ、ほぼ体重の3/4乗に比例すると結論されていた。

その後、心拍時間(心臓が打つ間隔)や寿命も、体重に対して同じように変化すると言われるようになった。

つまり、どの哺乳類でも、寿命を心拍時間で割れば、同じ値になるということだ。

その値は(文献によって違うが)だいたい8億である。

ネズミのように小さな動物は、心臓が速く打つ。一方、ゾウのように大きな動物は、心臓がゆっくり打つ。

しかし、ネズミでもゾウでも、一生のあいだに心臓が打つ回数は、同じ8億回だと言うのである。

.生命の神秘? それとも都市伝説?

ゾウもネズミも、一生のあいだに心臓が打つ回数が同じだなんて、とてもわくわくする話である。

何だか、生命の本質に迫るような、すごい法則に思える。でも……何か、ちょっと、変な気がする。

確かに、体が小さい動物ほど、体重当たりの代謝量が多いので、心臓が速く打ったり、呼吸が速かったりするだろう。

それなら、寿命が早く尽きてしまうのも、わからなくはない。

だから、小さい動物の寿命が早く尽きることに不思議はないけれど、小さい動物も大きい動物も、同じ回数だけ心臓が打つというのは不思議だ。

それって、本当なのだろうか。

気になる点は、3つある。1つは、データのとり方だ。

たとえば、ラットは実験によく使われる動物なので、私もときどき使う。

大人の(性成熟した)ラットの体重は300〜800グラムぐらいで、かなりの幅がある。

どの体重のラットを使うかで、さっき述べたような体重と心拍数の関係は大きく変わってしまうだろう。

平均体重を使えばよさそうだが、そもそも平均体重というものが、エサや環境で変わってしまう。

そして、寿命はさらに測るのが難しい。

ラットの場合は2〜3年と幅があるし、こちらもエサや環境によって変化してしまう。

実験動物でさえ体重や寿命を決めるのが難しいのだから、野生動物ではなおさらだ。

たとえば、キリンの寿命は野生では10〜15年、飼育下では20〜30年ぐらいらしい。

いったい、どれを寿命として使えばよいのだろうか。

このように数値に幅があるし、変化もしやすいし、種が違えば条件(温度やエサの種類など)を揃えることもできない体重や寿命を、データとして使って法則を作るのは、かなり難しいのではないだろうか。

2つ目は、例外が多いことだ。

たとえば、ラットと同じネズミの仲間(げっ歯類)でラットよりはるかに小さい(約10〜70グラム)ハダカデバネズミは、30年ぐらい生きる。

体重でおよそ1万倍のウマと、同じぐらいの寿命なのだ。

また、多くのコウモリは長生きなので、法則に当てはまらない。

中にはラットより小さいのに、30年以上生きるものもいる。

しかも、コウモリの仲間(コウモリ目)は、大きなグループだ。

哺乳類は全体で約4600種いるが、その中の1000種ぐらいはコウモリ目だ。

例外として無視するには大きなグループなのだ。

早く死ぬように進化する

3つ目は、寿命を決めるのに自然選択が関係している可能性が高いことだ。

もしも、寿命を決める要因が、代謝量などの生理的なものだけなら、法則が成り立つかもしれない。

しかし、寿命を決める要因に自然選択も入ってくると、法則は成り立たなくなる。

自然選択は体の大きさだけではなく、環境に大きく影響されるからだ。

哺乳類ではないが、サケを考えてみよう。サケは海で2〜5年過ごすと、川を上ってメスは産卵し、オスは放精する。

そして、産卵や放精を終えたサケの大部分は死んでしまう。

もしも、産卵や放精を終えたサケが、死なずにまた川を下り始めても、再び産卵や放精のチャンスに恵まれる前に、死んでしまう可能性が高い。

それなら、持っているすべてのエネルギーを、最初の産卵や放精に注ぎ込んでしまうほうがよいだろう。

その後、すぐに死んだとしても、結果的には多くの子を残すことになるからだ。

この、1回繁殖したら死ぬという生活史は、川と海と行き来する習性によって進化したものだ。

その証拠に、サケの仲間だが一生を川で過ごすニジマスなどは、何回も繁殖を行うのである。

哺乳類の場合も、ネズミのように小さな動物では、自然選択によって短い寿命へと進化した可能性がある。

寿命を長くするのは大変だ。

骨を強くしたり、ガンにならないように免疫を働かせたり、いろいろと手間をかけなくてはならない。

そのぶん、余分なコストがかかる。そうやって、長生きするように頑張って準備しても、年を取る前にネコに食べられてしまったら、何にもならない。

それなら、長生きできる能力なんかいらないから、そのぶん若いうちに1匹でも多く子供を作ったほうがいい。

食べられる危険が多い動物の場合は、長生きしないように進化したほうが、つまり早く死ぬように進化したほうが、得なこともあるのである。

たしかに、体が小さい動物ほど、寿命が短くて心臓も速く打つ傾向が、大雑把にはあるかもしれない。

でも、寿命などのデータを正確にとるのは難しいし、例外も多いし、自然選択によって体の大きさとは無関係に寿命が決まることもある。

だから、すべての哺乳類が、同じ回数だけ心臓が打つとまでは、ちょっと言えないようである。

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