ペントハウスはオレのモノ

ペントハウスはオレのモノ

ペントハウスというと、マン毛丸出しにしたネーチャンの裸を思い出すのは、育ちが悪い証拠なんだが、そもそもアレだ、でかいビルを建てて、その最上階を自分の住居にする、というのが金持ちのライフスタイルで、たとえば以前のエントリで書いた上海の和平飯店なんだが、アレはロスチャイルド系のサッスーン財閥が建てたホテルで、最上階がサッスーンの自宅になっていた。

で、このサッスーン家というのが調べてみると、たまらなく面白いわけだ。

話はアヘン戦争とか東インド会社まで遡るんだが、イギリスの極東戦略がうまく行ったのは、このサッスーン家と結びついたから、という側面がある。

というのも、サッスーン家はもちろんユダヤなんだが、もともと中東を拠点にしていた家系であって、ヨーロッパのユダヤではない。

以下のサイトにサッスーン家の歴史については触れられているので、紹介すると、

●「サッスーン家」は、もともとは18世紀にメソポタミアに台頭したユダヤ人の富豪家族で、トルコ治世下にあって財務大臣を務めるほどの政商であった。

1792年にこの一族の子供として生まれたデビッド・サッスーンは、バグダッド(現在のイラク)で活動していたが、シルクロードの交易によってますますその富を蓄え、そこからインドへ進出(移住)した。

●デビッド・サッスーンは、1832年にインドのボンベイで「サッスーン商会」を設立し、アヘンを密売し始めた。

イギリスの「東インド会社」からアヘンの専売権をとった「サッスーン商会」は、中国で売り払い、とてつもない利益を上げ、中国の銀を運び出した。

(※ デビッド・サッスーンは「アヘン王」と呼ばれた。

彼はイギリス紅茶の総元締めでもあり、麻薬と紅茶は、サッスーンの手の中で同時に動かされていたのである)。

つまり、サッスーン財閥というのは戦前の上海経済の支配者になるのだが、そのルーツは中東であり、そもそもアジア系の商人なのだ。

国籍はイギリスだったりするんだが、そもそも一度もヨーロッパに住んだ事なんかなかったりする。
で、中国が共産主義になると連中は香港に逃げるわけだが、日本にも古くから来ている。

神戸には北野に旧サッスーン邸があって、

イスラエル人であったデヴィット・サッスーン氏は、1910年にシリアのアレポで生まれました。

サッスーン氏は1937年に来日、その後の生涯を日本で過ごします。

1961年には結婚をして3人の子供に恵まれ、1991年12月に亡くなりました。

サッスーン氏は神戸に会社を設立して、主に繊維をアメリカ、ヨーロッパ、中近東に輸出をしていました。

その後も幅広く拡大をし、神戸、大阪、東京に事務所を設けます。

世界第2次大戦中は、日本に留まり、終戦後不動産を始めました。

という事なんだが、サッスーン財閥の作った香港上海銀行は日本で開業してから140年になるそうで、古くから欧米諸国の代理人として日本でビジネスを展開していた事をうかがわせる。

ユダヤ系上海財閥ではジャーディン・マセソンも有名で、その日本支配人グラバーは坂本龍馬を駒に使って明治維新を起こしたりするんだが、あちらは完全にイギリス系だ。

で、上海名物の和平飯店だが、そもそも和平飯店はサッスーン・ハウスと呼ばれていた。

1929年に建てられ、東洋一のビルと呼ばれていたが、最上階10階のペントハウスはサッスーンの居宅である。

そこでビキニのネーチャンを飼っていたかどうかは知らないが、サッスーン家の当主がそこに陣取っていたわけだ。

で、話は現代の東京に戻るわけだが。 サッスーン家がアヘン取引のために作った銀行が香港上海銀行だ。

今ではその規模は世界一になったとも言われるんだが、東京では日本橋に自社ビルを持っている。

で、宅配便で外貨を配達してくれるとか、バンコクの闇両替みたいな妙なサービスをやったりしているんだが、日本橋のHSBCビルディングの最上階に何があるのかというのが、また、非常に興味深いわけだ。

日本橋の新築ビルの最上階2フロアをブチ抜いた、400平方メートルはありそうなスペース。

でも片側はガラス張りの窓なので、絵画展は10メートルほどの壁面しか使ってない。

いったいなにを目的とするスペースなんだろ。

というわけで、家賃払ったら月数百万円になりそうなスペースで、誰も知らない現代美術作家の個展をやったりしているらしい。

で、このギャラリーのヌシがウイスキーの名前の人なんだが、ビキニのネーチャンは飼ってないようだが、巨大な犬を飼っていて、名前はフランシスベーコン。

名前はベーコンだが菜食主義の犬で、おとなしいらしい。

現代美術のコレクターで、関係パーティーには必ず顔を出す名物男だそうで。犬は、気にくわない絵を見ると吠えるそうで、なかなかの審美眼を持つらしい。

本人は中国生まれの日本育ちと言ってるそうだが、実家は神戸の高級住宅街で、父親は金貸しだそうだ。

現代美術のコレクターとして有名で、美術手帳で二度も特集を組まれている。

また、恵比寿にもプライベート・ギャラリーを持っているそうだ。

とんでもない金持ちらしいが、その正体を知る者は誰もいない。

つうか、日本でも指折りの蔵書票銅版画家(ずいぶん狭いジャンルだが 足の指まで動員しないと出て来ない名前かも知れないが)であるウチの奥さんに言わせると「絶対、偽名だ」と言うんだけどね。

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