ジャニーズ裏切りの歴史

2017/07/26(水)

山下智久のジャニーズ裏切りの歴史

▼18才までにデビュー出来なきゃジャニーズを辞めると脅し「NEWS」を結成させる

・急に集められたメンバーの手越はジャニーズに入ってまだ半年の強引さ

・知らない奴ばかりは嫌だと関ジャニ∞で頑張っていた錦戸を東京に呼び寄せる

・錦戸は1人では嫌だと内博貴をNEWSに引っ張る→東京で気が大きくなった内の未成年飲酒でNEWSと関ジャニを脱退させられる

▼2011年3月、震災で被害を受けた人をキャバクラ遊びと水買占めで裏切る

▼グループで合わすのはダルい、ギャラ折半より1人で儲けたいとNEWSを裏切ってソロになる

・山下のタレントの妹が「兄は8年も我慢してNEWSをやってきた」とブログに書く

▼メリーのごり押しでも売れなかったので、飯島にプロデュースして欲しいとメリーを裏切って飯島傘下に

▼六本木で男性とトラブルになり山下達の恫喝の証拠を残そうとしていた女性の携帯電話を奪って持ち去り、翌日壊してから飯島に預ける

・女性マネージャーが山下の代わりに出頭、しかし被害届が出ていたのは山下だったので警察には誰が壊したのか捜査され山下が書類送検される

・山下の書類送検時には飯島がマネージャーだったためメリーと事務所に飯島が頭を下げる

▼事務所に無断で赤西仁とCDを制作し自分のポケットマネーにしようとしていたのがバレたのを、また飯島にメリーと事務所に頭を下げさせ謝罪させる

▼SMAPの解散騒動で飯島退社、自分までクビを切られては大変と今度はメリーに泣きつきメリー派閥に出戻る

中国最大の海運会社COSCO 

北極海航路の寄港に意欲 中国最大の海運会社COSCO 

2017/07/26(水)

中国最大の海運会社・中国遠洋海運集団(COSCO)のグループ会社「COSCO特殊貨物輸送船」の幹部2人が25日、苫小牧港を視察した。2013年から北極海航路を利用した貨物輸送を手掛けた実績があり、寄港地としての可能性を探る目的で来苫。

「輸出貨物の確保が必要」などと課題を挙げながらも、北極海航路の中継港として苫小牧港に関心を寄せた。

来苫したのは上海地区営業担当責任者を務める李堅氏と、極東及びヨーロッパ・北極海航路担当の趙英男氏。前日に札幌で行われた北極海航路などをテーマにしたセミナー出席のために来道した。

同社は13年から北極海を通過して東アジアと欧州をつなぐ北極海航路で建設資材や材木などの試験輸送をスタート。

昨年は、耐氷機能を持つ4タイプの貨物船を使った試験航海を6度行っている。

苫小牧港管理組合職員の案内で苫小牧港・東港国際コンテナターミナルを初めて視察した2人は、20年に北極海航路に適した船舶投入や50年をめどに年間60航海が可能な体制の構築を目指すと述べ、「苫小牧港は地理的に(北極海航路の寄港地に)一番適しており、道内貨物を集めるマザーポートとしても機能している。

近い将来必ず寄港地にしたい」と意欲を見せた。

管理組合の浅井孝人総務部長は将来展望について「まずは苫小牧港での貨物量確保が必要。船舶燃料の供給設備などの課題もある」とし、継続的に調査研究を進める考えを示した。

これぞ最終兵器!

これぞ最終兵器! 逮捕を逃れるために自らのウンコを塗りたくる事件が相次ぐ―中国

2017/07/25(火)

バイクのシートに、自らの排泄物を塗りたくった中年女性。この映像は中国全土に放映された(新浪新聞より)

日本では戦国時代、籠城戦などにおいて攻めくる敵に対し、人の大小便を武器として使用した記録があるという。

しかし中国では、21世紀の現在でも現役の武器として有効なようだ。

「新浪新聞」(7月18日付)によると、広東省清遠市清新区の道路で、電動バイクを運転していた中年の女が道路を逆走し、パトロール中だった交通警察に止められ、路肩で聴取されたことから事件は始まった。

聴取の結果、女はなんと無免許運転だったことが判明。

警察は現場ですぐにバイクの押収に取りかかったのだが、女は突然、ズボンとパンツを脱ぎ出し半ケツの状態になると、自らの手に大便と小便を排泄し、バイクのシートに塗りたくり始めた。

想像もつかない事態にあっけに取られた警察だが、交通違反に加え、業務執行妨害の容疑で女を現行犯逮捕したという。

取り調べに対し、女は「排泄物をバイクに塗りたくれば、警察もあきらめると思った」と、あきれた理由を口にしたのだった。

女はしばらく拘束された後、処分が言い渡されることになっている。

一方、陝西省永寿県では6月18日、青果店に侵入した男が店内の店員が所持していた携帯電話とハンドバッグを盗み、逃走する事件が発生している。

店員が男を追いかけ、捕まえようとしたその時、男は突然ズボンの中に手を突っ込み、大便を排泄しだしたのだ。

男は自らの大便を自分の顔面と体に塗りたくると、さらに逃走を試みたが、近くをパトロール中の警察官に囲まれ、現行犯逮捕された。

実はこの男、過去に窃盗事件を3回起こしており、いずれも今回同様、大便を全身に塗りたくり、警察の追跡から逃れようとしていたという。

ちなみに中国では、以前にも遼寧省のバス車内で運転手とトラブルに発展した女性が運転手の顔面に使用済みナプキンや小便を塗りたくるという事件が発生している。 

イタチの最後っ屁ならぬ、人民の最後っ糞というわけか。

実家が歴史ある老舗の子息令嬢たち

山口もえに竹内まりや、実家が歴史ある老舗の子息令嬢たち

2017/07/25(火)

芸能界で成功した人の中には、もともと名家出身の人物も少なくない。

歌手の松任谷由実(63)の実家が老舗呉服店であることは有名だが、他にも実家が老舗で、お坊ちゃん、お嬢様育ちの有名人は多い。

NHK連続テレビ小説『ひよっこ』で好演が続く実力派俳優の佐々木蔵之介(49)は、京都にある創業明治26年の老舗、『佐々木酒造』の次男坊。

京都洛中に残る唯一の酒蔵で、銘酒『聚楽第』の酒蔵として高い人気を誇る。

現在は弟が後を継いでいるが実家との関係は良好のようで、佐々木自身もいろんなメディアで佐々木酒造のことを語っている。

テレビでときおり見せるあの上品な関西弁は、生っ粋の京都っ子ならではのものだったのだ。

2015年に爆笑問題の田中裕二(52)と再婚し、今年5月には第三子を出産した山口もえ(40)。

彼女の実家は昭和12年創業の老舗仏具店である『翠雲堂』だ。

仏具店といってもそのスケールが大きすぎる。なんと家庭用仏具だけでなく、巨大な仏像や寺社の建築にも携わるというから驚きだ。

山口が手に入れた幸せな家庭は、実家が長く仏様のために商売をしてきた御利益かもしれない。

山口も令嬢のイメージが強いが、フジテレビの三田友梨佳アナウンサー(30)もお嬢様らしさでは引けをとらないだろう。

それもそのはず、三田の実家は老舗という言葉だけでは収まらない、超がつく名家なのだ。

日本橋にある三田家はミシュランで三ツ星を獲得した料亭『玄冶店 濱田家』を経営。

父親の三田芳裕氏(66)は由緒ある明治座の代表取締役社長を務めている。
中等科から青山学院に通っていたという、ミタパンのお嬢様ぶりも納得だ。

ひょんなことから老舗の出が明らかになった人もいる。

シンガーソングライターの竹内まりや(62)は出雲大社の門前、玉造温泉の老舗である『竹野屋旅館』のお嬢様だが、実はこのことが話題になったのは最近の話だ。

旅館が経営不振のため竹内が自らオーナーとなって、再建を図っていることが報じられたのだ。

リニューアルした『竹野屋旅館』は、朝は竹内まりやの、夜は夫である山下達郎(64)の曲が流されているという。

実家が歴史ある老舗というのは一見羨ましくも思えるが、きっと小さな頃からいろんなプレッシャーをかけられて育ったはず。

まして実家を継がず、芸の道で成功しようと思ったのだから、彼らの努力やハングリー精神は相当なものだろう。

親の七光りで名を上げようとする二世タレントに、ぜひ見習ってほしい!?

山手線で“スリ”→捜査員発見

山手線で“スリ”→捜査員発見 約80件の同様被害も

2017/07/24(月)

JR山手線の車内で寝ている男性のポケットから財布を盗み取ったとして、68歳の男が逮捕されました。

鈴木茂雄容疑者は22日午前5時50分ごろ、山手線の車内で酔って寝ていた会社員の男性(52)のズボンの後ろのポケットから現金約1万7000円などが入った財布を抜き取り、盗んだ疑いが持たれています。

警視庁によりますと、車内が空いているにもかかわらず、寝ている人の近くで不審な動きをしている鈴木容疑者を警戒中の捜査員が発見して犯行を確認した後、ホームで取り押さえたということです。

取り調べに対して、鈴木容疑者は「きょうやったことは言いたくありません」と黙秘しています。

2月以降、山手線では同様の被害が80件近く相次いでいて、警視庁は余罪があるとみて捜査しています。

スリで警視庁巡査長を逮捕

2011/05/14(土)

スリで警視庁巡査長を逮捕 女性の財布から千円札4枚抜き取る

電車内で女性の財布から4千円を抜き取ったとして、警視庁中野署は14日、
窃盗の疑いで同庁第9機動隊所属の巡査長、北原将人容疑者(26)=東京都立川市羽衣町=を逮捕した。

同庁によると、「盗んだことは間違いありません」と容疑を認めている。

逮捕容疑は、同日午前6時5分ごろ、東京メトロ東西線の車内で、都内に住む女性会社員(19)の隣に座り、ショルダーバッグの財布から千円札4枚を抜き取ったとしている。

警視庁によると、女性は帰宅途中でうとうとしていたが、バッグを触られているのに気づき目を覚ました。

北原容疑者から「財布が出ています」と声をかけてきたが、ポケットに千円札の束が見えたため、一緒に中野駅で降りて、駅員に助けを求めたという。

北原容疑者は勤務前に剣道の稽古をするために早朝に自宅を出たが、忘れ物を思い出して引き返す途中だったという。

平成20年から機動隊勤務で、東日本大震災の被災者捜索で岩手県釜石市にも派遣されていた。

同庁警務部の桜沢健一参事官は「職員がこのような事案を起こし逮捕されたことは遺憾」と話した。

「京」「洛」貴族は出自で使い分け?

「京」「洛」貴族は出自で使い分け? 滋賀大准教授が日記調査てふ!

2017/07/04(火)

「京」か「洛」か―。ともに都の意味を持つ二つの字を、平安貴族はどう使ったのか。

滋賀大教育学部の安藤哲郎准教授(37)=人文地理学=が貴族の日記を網羅的に調べた研究がまとまった。

「帰京、京中」など「京」を用いた言葉が元は主流だったが、11世紀半ば以降、「帰洛、洛中」など「洛」の記述数が「京」を上回る日記も現れる。

ただ、「洛」が増えた時代でも、特に古式を守る摂関家の人は「京」にこだわり、多用した傾向が分かった。

藤原道長の「御堂関白記」をはじめ、活字化されている平安貴族19人の日記を対象に「京」と「洛」を含む言葉を拾って数えた。

平安京を指す言葉では古くから「京」が使われ、右京は「長安」、左京は「洛陽」とも称された。

しかし右京の衰退に伴い、「洛」が京都全体を表す言葉として広まったとされる。

調査した日記のうち、最も古い藤原忠平の「貞信公記(ていしんこうき)」や道長の「御堂関白記」は、「京」が多く使われたのに対し、「洛」は1件も確認できなかった。

その後「洛」を用いる日記が増え、院政期に入る11世紀半ば以降の源俊房を最初に源経信、藤原宗忠、藤原為隆、九条兼実の日記は「洛」が「京」を上回った。

安藤准教授は「洛が多い貴族は、大まかに言うと世相や家柄的に出世があまり望めなかった実務家タイプが多い。

九条兼実だけは後に摂関になるが、当初は平清盛にくみせず、雌伏の時を過ごした」と解説する。

対して「洛」が浸透した11世紀以降でも藤原師通(もろみち)や藤原忠実は「京」が圧倒的に多い。

「2人とも家柄的に早い出世が見込まれ、実際に摂政や関白になった。忠平、道長を含め、生まれながらに摂関を意識した家柄の人は、古くからの『京』を厳格に用い、『洛』はあまり使わない感覚があったのでは」と推測する。

19人の日記中「京」を含む単語は58種類あり、頻出したのは帰京(333件)、京中(130件)、京、出京、入京の順。

「洛」を含む単語は17種類で帰洛(304件)、入洛(108件)、上洛、参洛、出洛、洛中が多い。

安藤准教授は「今後、鎌倉や室町など通史的変遷も調べたい」としている。

■変化「下から起こる」

国際日本文化研究センター(京都市西京区)の井上章一教授の話 今なら「上京する」というと東京に行く意味が強く、京都を表すには「入洛」とか「洛」を使う方が分かりやすい場合もあるが、その「洛」の出自をたどると、あまり出世の期待できない貴族が多く使っていたというのは非常に意外で面白い。

摂関家の人は古い伝統を守らないといけないが、下の人から見たら何を気取っているんやみたいな思いもあったやろうし、院政期に入るころにはいろんな変化が下から起こっていたんやろうね。

【 2017年07月01日 17時00分 】京都新聞

閉ざされた地下世界

閉ざされた地下世界、郵便鉄道と巨大シェルター

東京やニューヨークをはじめ大都会の真下には、たくさんのトンネルや配管があり、縦横無尽に人や物を運ぶ役目を果たしている。

その中にはなにやら後ろ暗い素性を秘めているものも少なからずある。

ナショナル ジオグラフィックの書籍『世界の果てのありえない場所』には、過去に存在したスパイトンネルや地下通信施設、未完成の地下鉄など、いわく付きの地下世界も紹介されている。

今回はその中から、ロンドンの「郵便地下鉄」と中国の「北京地下城」を取り上げよう。

地下を走る郵便鉄道

地下鉄発祥の地、ロンドン。世界初の地下鉄路線として、パディントンのビショップスロードとファリンドンストリート間にメトロポリタン線が開業したのは1863年のことだった。

以来、ロンドンは地下世界を隠し持つ街となった。

熱心な地下マニアなら、この大都会の地下に全長10.5キロメートルほどのトンネルと電車路線が通っていて、2003年まで実際に使われていたことも知っているだろう。

街の西部に位置する山の手のパディントンから、切り裂きジャックで有名な下町、イーストエンドのホワイトチャペルを結び、手紙や小荷物の運搬に大活躍した路線である。

地下鉄発祥の地であるロンドンには、自動運転の地下郵便鉄道も存在した

この地下郵便鉄道は1987年に「Mail Rail」と名付けられて広く知られるようになった。

計画が持ち上がったのは第1次世界大戦の直前のことだ。当時の道路は馬車や初期の自動車でごった返し、街中深い霧に覆われて見通しが悪かった。

ロンドンの主要な郵便物仕分け所の周辺では配達の混乱が慢性的に続いていた。その解消を目的として建設されたのである。

1927年、地下郵便鉄道の開業によってロンドンにもう一つ、世界初が誕生した。

自動運転電車である。

最盛期には8カ所に駅があり、手紙やその他さまざまな郵便物を載せて1日に数回、往復していた。

しかし、電話の出現に始まり、ファクスや電子メール、携帯メールの普及に伴い次第に活気は失われていった。

その後、路線は縮小されて駅はわずか3駅を残すだけとなり、地下郵便鉄道はその役割を終えることになった。

北京の巨大シェルター

一方、北京には、もともと地下鉄として建設が始まったものの、市民を守るための巨大シェルターへと発展した地下世界があった。

「北京地下城」だ。

世界で最も強大な、しかも隣接する二大共産主義国だった中国とソビエト。
1969年の春には中ソ国境で両軍が衝突する小競り合いが続いていた。

これより7年前に米ソを巻き込んだキューバ危機と同じく、この衝突は世界を核戦争の瀬戸際にまで追い込んだ。

ことの発端は、かつて清国とロシア帝国の間で結ばれた条約を巡る領土問題だった。

さらに数世紀前から両国の間では国境を巡る論争が絶えなかった。

万が一、攻撃が始まれば米国は中国側につくだろうという意向を米政府がソ連指導部に明示したことで、核の使用はかろうじて回避された。

嵐は去ったかに見えたが、先々紛争が起きる恐れはぬぐい去れなかった。

毛沢東主席は、中国には来たるべき核攻撃に備える必要があるという考えを強めた。

これより4年ほど前、北京では新たに地下鉄の建設工事が始まっていた。

この事業は皮肉にも、かつて毛沢東がモスクワを訪問した折りにソ連の技術支援を取り付けて実現したものだった。

この地下鉄は公共交通機関というよりも民間防衛を目的としており、トンネルが核攻撃に耐えられるかどうかの検証試験まで、ロプノールにある中国の核実験場で実施された。

しかし、1969年に起こったソビエトとの軍事衝突を受けて、地下鉄工事は地下の複合施設建設へと転換された。

網の目のように走る秘密の避難用トンネルが、中南海から共産党本部、さらに北京郊外の八大処にある軍事基地まで、重要拠点を縦横無尽に結ぶコンクリート造の巨大地下壕である。

こうして北京の地下に作られた都市「北京地下城」は、最終的には北京市民600万人全員を収容することを目指して計画された。

北京の地下には、巨大なシェルターとおぼしき施設が張り巡らされているという。

たがこれは、到底、達成できるとは思えない目標だった。

この核シェルターとおぼしきコンクリートの施設が、一体どこまで広がっているのかはわかっていない。

だが、天安門広場の下を走るトンネルは戦車が通れるほどの大きさだと噂され、トンネル網は130平方キロもの範囲に及んでいたと考えられている。

2000年にはトンネルのごく一部が一般公開された。見学者が地下へと降りていくと、そこには気味が悪いほど殺風景な空間が広がっていた。

じめじめとした階段の壁一面には色あせたプロパガンダのポスターが貼られ、核物質を吸い込まないようにマスクを装着せよと呼びかけている。

この毛沢東最晩年の時代の空気を封じ込めたタイムカプセルは、2008年に「修復」工事を理由に閉鎖された。

北京地下城の大部分は手つかずで残されたが、立ち入ろうにも困難を極め、また立ち入りは禁止されている。

一部は北京の地下鉄網に接続されている。

すでに世界第2位の規模となった今も、北京地下鉄は着々と拡大を続け、今後10年以内に総延長距離はさらに2倍となる。

商業や労働は、国防や戦争に勝るとでもいうように。

ガラス「ルパートの滴」

銃弾をも砕くガラス「ルパートの滴」。ようやく仕組みを解明

2017//05/26(金)

溶けたガラスを水に垂らしたとき、いったい何が起こると思いますか? ガラスが水に触れて冷やされることで、オタマジャクシのような透明の物体ができるのです。

そして、一端は防弾ガラスのように強靭なのですが、もう一端はとてももろいのです。

このガラス自体は400年前から作られていたのですが、最近になってその不思議な構造の仕組みが判明しました。

このガラスはドイツのルパート公にちなんで「ルパートの滴(別名:オランダの涙)」と呼ばれています。

SmarterEveryDayのDestin Sandlin氏がYouTubeに投稿した動画では、このルパートの滴の分厚い一端を狙って22口径の銃弾を撃ちます。

そして銃弾がガラスと衝突した瞬間に、見事に銃弾が砕け散っているところを動画(https://youtu.be/F3FkAUbetWU)で見られます。

ルパートの滴の作り方は至ってシンプル。

ソーダ石灰ガラスや鉛ガラスのように高い熱膨張係数を持つガラスを冷たい水に垂らして、急激に冷すだけ…でも、その2つの要素こそが大事なんです。

この滴が急速に冷えることによって外側が内側より速く冷却され、外側の層に極端な圧力がかかり、逆に内側には強く引力が働きます。

これらの力によって、ルパートの滴の一端に驚くべきほど強い硬さが生まれるのです。

通常内向きの張力はガラスをもろくしますが、外側に対抗する圧力がかかっているため、銃弾で打たれても壊れないような強いガラスになります。

科学ジャーナルApplied Physics Lettersに投稿された論文によると、パデュー大学の研究チームは偏光フィルターを使って、ルパートの滴内部の圧力のかかり方を視覚的にわかるよう画像にしました。

そして研究者たちは、複雑な数学の技術を使って写真を処理し、滴内部の圧力を計算しました。

6.4平方センチ(1平方インチ)あたり50トンもの圧力がかかっているため、滴の頭の部分だけではありますが、鉄と同じくらいの強度があったのです。

ルパートの滴のもう一端は、薄くて長い尻尾のようになっていて、頭の部分と比べるととてももろい構造になっています。

1994年に行なわれた研究で、ルパートの滴を折ると、時速6,437kmの速さでガラス全体に亀裂が入り砕け散るということは明かされていました。

これらの研究は、将来的にスマートフォンやタブレットの液晶ガラスへの応用が期待されています。

もし、ルパートの滴のような液晶ガラスができたら、落としても割れないどころか、銃弾をはじくことができるようになるかもしれません。

ミシマサイコの概要

ミシマサイコの概要

ミシマサイコは日差しのよくあたる日本各地の草地などに見られる多年草で、花は、夏と秋の間で開花させます。

その色は黄色をしています。

ミシマサイコでは、静岡県三島産のものがあり、これが質の良いものとされています。

名称もこれに由来したものとなっています。薬草に利用されるのは根の部分で、柴胡(さいこ)と言われています。

これはミシマサイコの生薬名であり、日本薬局方にもその記載が見られます。ミシマサイコの薬草としての歴史も非常に古く、神農本草経などにも記録が残っているとされています。

現在、健康保険に漢方製剤が適用され出してから、非常に沢山の漢方薬が市場へ出回っています。

この流通している漢方薬の処方では、子柴胡湯と言われる製品が非常に多い生産高を誇っていると言われています。

この子柴胡湯を作っている薬草の中で主軸となっているのがミシマサイコの柴胡とされています。

適応症状は、様々な臓器の炎症で、慢性肝炎を含め、ひきずった風邪などの症状に対して使われています。

ただ、子柴胡湯はそこそこ体力を有する人に最適とされているため、体力があまりない人に対しては補中益気湯と言われる漢方薬が処方されます。

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ミシマサイコ/薬草で期待される効能・効果

慢性肝炎、臓器の炎症、初期段階の風邪、喘息といった症状に対してその改善目的で利用されています。

これらはいずれも漢方の領域において複数の薬草が配合された結果、生じる作用であって、単体の作用ではありません。

また、ミシマサイコを単体で使用されることもありません。

多くは、漢方の領域において配合され、且つ処方されています。

やっぱり水の中に藻がありましたが、水は「三島が一番」って思いました。