革マル派家宅捜索

革マル派家宅捜索 「身内相手にも偽名を使う」とされる「えたいの知れない」組織解明へ

2017/02/21(火)

警視庁の人事情報を収集していたことが判明した革マル派。「身内相手にも偽名を使う」とされるほど活動の秘匿性が高く、内実が外部に漏れることはほとんどない。

警視庁はこのほど植田琢磨議長の本名を「新田寛」と特定したが、本名を「割り付けた(判明させた)」だけでも大きな意味を持つ。

いまだ5500人(警察庁まとめ)の勢力を抱えるだけに警察当局は警戒を継続している。

▼異例の捜索22時間 

1月10日早朝、葛飾区の集合住宅の一室に警察官が踏み込んだ。内部にいたのは複数の女性。総じて泡を食った表情を浮かべたという。部屋の様子から“通常の住宅”でないことは一目瞭然だった。

家宅捜索を受けたのは革マル派アジト。警視庁と神奈川県警による捜索は異例の22時間に及んだ。

室内にいた女性の一部は、平成10年に警視庁公安部が摘発した「浦安アジト」(千葉県浦安市)にもいたとみられる。いまだメンバーが組織内に残留しており、隠然と活動が続いていることをうかがわせた。

捜索に併せて警視庁は植田議長について、本名を新田寛と特定したことを明らかにした。

植田議長は8年に革マル派最高幹部となったが、実名が判明するのは初めて。

公安事件に詳しいジャーナリストは「九州出身で電機系の労働に従事していたことは判明しているが、本名はもちろん議長就任後の動向も判然としていない」と解説する。

▼盗聴や警察手帳偽造 

革マル派の特徴はその機密性だ。他派と共闘することもなく排他性が極めて強い。集会やデモの際にも派の名前は出さず、「実行委員会」を名乗るなどしてカムフラージュすることが多いとされる。「組織は強固な縦割り。横のつながりが薄い」(捜査関係者)

指導者だった黒田寛一前議長自身が秘密のベールに包まれており、昭和42年以降は集会などに姿を見せず、発言を録音テープで流すほどの徹底ぶりだった。

ただ、その活動は警察当局をたびたび震撼(しんかん)させた。浦安アジト捜索では警察無線を24時間体制で盗聴していた事実が判明。

平成10年の豊玉アジト(東京都練馬区)への強制捜査では偽造警察手帳のほか印鑑類約400個が見つかった。

住民票や戸籍などを違法に入手していたとみられる。

革マル派は今回の植田議長の本名判明について「笑止千万の妄言」とするコメントを発表。

捜索について「わが革マル派に対する政治的弾圧である」とした。公安関係者は「飛翔(ひしょう)弾を発射するなど派手な動きは少ないが、黒田前議長の思想を強烈に崇拝しており、他勢力とは違うえたいの知れなさがある。今後も警戒が必要だ」と話している。

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身内相手にも偽名を使う

草、間者、忍びの者、密偵、犬、乱破、素破
竊盗、軒猿、郷導、郷談、志能備、くノ一

鎮火めど立たず

アスクル倉庫火災 再び爆発 消火活動難航 鎮火めど立たず

02月20日

オフィス用品の通販大手「アスクル」の埼玉県三芳町にある物流倉庫で起きた火災は、出火から4日がたちました。

20日からは消防隊員が倉庫内に入って消火活動を行っていますが、午後に再び小さな爆発が起きたうえ、保管されているコピー用品など大量の商品が燃えているため、どこで火がくすぶっているのかわかりにくくなっていて、消火活動は難航しています。

埼玉県三芳町上富にあるオフィス用品の通販大手「アスクル」の3階建ての物流倉庫で起きた火災は、今月16日の出火から4日がたちました。

消防によりますと、のべ床面積およそ7万2000平方メートルのうち、これまでに東京ドームとほぼ同じ広さの4万5000平方メートルが焼けたということです。

消防が、20日朝、倉庫内を調べたところ、火は上がっていませんが、2階と3階のところどころで白煙が上がっていて、消防隊員が空気を補給できる特殊な機材を持ち込んで消火作業にあたっていました。

しかし、午後1時前に3階の南東側で再び小さな爆発が起き、消防隊員が一時、外に避難しました。

さらに倉庫内は広く、保管されていたコピー用紙など大量の商品が燃えているため、どこで火がくすぶっているのかわかりにくくなっていて、消火活動は難航しています。

消防は、引き続き安全を確認しながら慎重に消火活動を続けています。

鎮火のめどは立っていない

アスクルの物流倉庫の火災で消火活動にあたっている入間東部地区消防組合西消防署の柿島勝巳署長は、20日、現場で取材陣に対し、「徐々に火が収まっている状況にあると思われ、消防隊員が様子を確認しながら内部に進入して消火活動にあたっている」と現在の状況を説明しました。

そのうえで、「鎮火のめどは立っていない。近隣の消防の応援をもらいながら、全力で消火活動にあたりたい」と話していました。

倉庫内部の状況は

アスクルによりますと、火災が起きた倉庫は3階建てで、延べ床面積はおよそ7万2000平方メートルあり、コピー用紙や文房具など、およそ7万種類の商品を保管していたということです。

1階に通用口があり、トラックが商品の積み込みなどを行うスペースが広く取られていて、商品の大半は2階と3階に保管されていました。

消防が火災を覚知したのは、今月16日の午前9時すぎで、「1階の段ボールから火が出た」という通報でした。

消防によりますと、消火活動が始まったあと、早い段階で1階と2階の天井の一部が崩れ落ち、火は建物全体に燃え広がりました。

さらに、屋上に敷き詰められていたソーラーパネルにも引火したということです。

消火活動は、2階と3階に窓がほとんどないことから、外からしか放水できず、難航しています。
消防は、火災の翌日から、重機で2階と3階に穴を開けて、内部への放水を始めました。

そして、18日の夜には、いったん2階部分の火を消し止めることができたということです。

しかし、19日の午前0時13分と15分に、3階の南東部分で、保管されていたスプレー缶に引火したと見られる2度の爆発があり、再び火が強まりました。

その結果、これまでに全体の6割以上にあたる、4万5000平方メートルが焼けたということです。

消火活動が長期化している理由について、消防は、建物の2階と3階には窓がほとんどなく、外からの放水が難しく、屋上にはソーラーパネルがあり、水をかけると、消防隊員が感電するおそれがあるため、直接、放水することができませんでした。

さらに建物の中の温度が一時、500度に達し、熱で壁がゆがむなど倒壊のおそれもあり、慎重に活動する必要があったとしています。

倉庫火災 激しく燃え広がりやすい

物流倉庫で起きた火災で消火活動が長引いている背景について、火災のメカニズムや防火対策に詳しい早稲田大学創造理工学部の長谷見雄二教授は「倉庫には段ボールなどの可燃物が多く、一度、火がつくと激しく燃え広がりやすい。

一方で、窓が少ないため、火元に直接、放水しにくく、消火活動が難しい。

火の広がりを防ぐ壁やシャッターも倉庫内には少ないため、初期消火ができないと一気に火が燃え広がり、鎮火までの時間がかかる」と指摘しました。

そのうえで、

「大規模な倉庫火災は普通の消防力では対応が難しいため、周辺自治体の消防と連携した態勢の構築が必要になる。

今回の火災で鎮火に時間がかかった要因をきちんと検証し、建物の中を区切ったり、防火シャッターを増やしたりするなど、消火設備についても対策を進めるべきだ」と指摘しました。

受動喫煙防止

麻生太郎財務相「タバコが吸えないシガーバーには行かないようにする」「タバコ税収2兆円超がゼロになると多大な影響出る」

2017/02/20(月)

麻生太郎副総理兼財務相は20日の衆院予算委員会で、不特定多数の人が集まる場所を原則禁煙とする厚生労働省の受動喫煙防止対策に関連し、飲食店などへの過度の規制強化に懸念を示した。

民進党の本村賢太郎氏が「麻生氏といえばウイスキー片手に葉巻をくゆらせる姿が印象的で、とてもかっこいい。

受動喫煙防止対策が進んでいくとシガーバーにも影響が出ると思う」と質問したのに対し、

麻生氏は「タバコが吸えないシガーバーには行かないようにしたい」ときっぱり。

税収への影響ついて問われると、「影響を計算できる段階ではない」と前置きした上で

「(年間の税収の)2兆1400億がゼロになると多大な影響が出ることははっきりしている」と答弁した。

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煙草で病気になるやつは吸わなくてもビョーキになる

タバコ売らないようにしたら、その途端に不健康だった人が健康になるわけじゃないでしょ。

独身でいることのメリットが科学的に証明!?

独身でいることのメリットが科学的に証明!?

2017/02/20(月)

「独身でいるほうがいい」という声はこれまでに幾度となく耳にしてきましたが、このほど、それが科学的に証明されたようです。

カリフォルニア大学サンタバーバラ校のベラ・デパウロ博士のリサーチによれば、

「既婚者よりも独身者のほうが意義ある仕事に価値を見出しやすく、家族や友人、同僚、隣人との結びつきも強い」ということ。 
 
このリサーチ結果をもとに、博士は「結婚をすると、人は視野が狭くなります」との説明を加えました。

既婚者の方のなかには、「失礼ではないか!」と「まったくその通りだ!」と両方の声が上がったことでしょう。

ですが、こちらは、この博士のリサーチによるものなので、その範囲内では多数派であったのです。 
 
また、自立していることも要因のようだそうです。

博士が自立した独身者を対象にした調査では、彼らはネガティブな感情を抱きにくいことが明らかになったとも言っています。 
 
現在はかつてないほど独身者が多い時代です。

2014年にアメリカ合衆国労働省労働統計局が発表した資料では、アメリカにおける16歳以上の独身者の数は、人口の50%をやや上回っているそう。

1976年には独身者の割合は37%だったことを考えれば、結婚離れが加速していると言えるでしょう。 
 
「アメリカ人は今、自分にとって最良の生き方を追求することができます。よい人生の青写真はもはや存在しません――

重要なのは、他の人が何をしているか、何をすべきだと思っているかではなく、本当の自分自身に合う居場所や人を見つけ、自分にとってのベストな生き方をすることなのです」と、博士は結論付けています。

裁判余録

裁判余録

第25軍の山下奉文司令官は、アメリカ軍のマニラ裁判で死刑が確定し、1946年2月に処刑されていたため、起訴されなかった。

華僑粛清を計画・主導したとみられている軍参謀の辻政信中佐は、終戦時にバンコクで僧に変装して潜行し、インドシナ・中国を経て1948年5月に日本に帰国、数人の元高級将校に匿われて戦犯追及を逃れていた。

英軍は辻の帰国直後から辻の捜査を再開したが逮捕には至らず、1949年9月30日に戦犯裁判終了をGHQに通告した。

GHQはそれを受けて辻を戦犯容疑者の逮捕リストから削除し、辻をGHQ参謀第2部(G2)のエージェントとして利用するようになった。

結局辻が戦犯として逮捕・起訴されることはなかった。

事件当時第2野戦憲兵隊の分隊長だった大西覚は、戦後の回顧録の中で、河村・大石はむしろ粛清に反対したが、命令の当事者の辻が戦犯逃れの逃亡中だったために、責任をとらされて処刑されたとしている。

辻参謀とともに粛清を主導したとみられている軍参謀の朝枝繁春少佐は、戦後シベリアに抑留されていたため、戦犯裁判を免れた。

中国系5万人が殺害された

【シンガポール】

日本占領時代の展示会、抗議受け名称変更 

日本の占領は約3年続き、中国系5万人が殺害された

2017/02/19(日)

シンガポールが第2次世界大戦(World War II)中に日本に占領されていた歴史を紹介する展示会の名称が、国民の抗議を受けて変更されることになった。

当時英国の植民地だったシンガポールが旧日本軍の進攻で陥落してから75年に当たる15日に始まったこの展示会は、当初「Syonan Gallery: War and Its Legacies」(昭南ギャラリー:戦争とその遺産)という名称だったが、日本が占領したシンガポールにつけた名称「昭南」を使用した点について、親や祖父母の世代を含む大勢の国民から抗議の声が上がった。

ヤーコブ・イブラヒム(Yaacob Ibrahim)情報通信相は17日、フェイスブック(Facebook)への投稿で「日本占領下で著しい苦痛を味わい、ご家族を亡くされた方々の感情を尊重しなければならない」と陳謝し、展示会の名称を「Surviving the Japanese Occupation: War and its Legacies」(日本の占領を生き延びる:戦争とその遺産)に変更すると表明した。

またイブラヒム氏は、当初の展示会名称に「昭南」という単語を使ったのは日本による占領を容認しているからではないかとの指摘について、そのようなことはないと否定した。

旧日本軍は1942年2月にシンガポールを占領し、英国軍は手痛い敗北を喫した。日本の占領は約3年続き、歴史家や生存者によると、この期間に18~50歳の中国系5万人が殺害されたという。

ヤーコブ氏は、展示内容は「忘れてはならない、そして若い世代に伝えればならない歴史上のつらく悲劇的な時代を捉えている」ものであり一切変更していないと述べた。

(c)AFP

ロヒンギャとは

ロヒンギャとは

11世紀 パガン朝成立。
16世紀 タウングー朝成立。アラカン人によるベンガル人の拉致が横行。
17世紀 ベンガル人がアラカン王国で隷属化に。
1752年 ビルマ王国コンバウン朝成立。
1784年 アラカン王国がビルマ王国に併合され消滅。
1799年 ビルマ人の迫害により、アラカン人が英領インドへ難民化。
1824年 第一次英緬戦争。
1826年 「ヤンダボ協定」締結。アラカン西部のチッタゴンを英領インドに割譲。
1828年 アラカン州をアキャブ,チョクピュー,サンドウェイの3郡に分割。
1852年 第二次英緬戦争。英領インドは下ビルマを併合。
1879年 飢餓が発生したことから、ベンガル人のビルマへの大規模移住が開始。
1885年 第三次英緬戦争。
1886年 ビルマ王国滅亡。英領インドの一州として完全植民地化。
1887年 英国はベンガル系移民に対する農地の貸借契約を承認。
1911年 20年前に比べ、アラカン人口が80%近く上昇。
1913年 アラカン人とベンガル系移民との間で土地訴訟が発生。
1937年 英領インドから分離。
1939年 アラカン国民会議(ANC)が西部一帯を事実上統治。
1941年 30人の志士から成る国民義勇軍(BMI)結成。
1942年 日本軍の侵攻で英軍が後退。
1943年 反ファシスト人民自由連盟(AFPFL)結成。
1944年 日本軍の撤退で英軍が再侵攻。「アラカン会議」開催。
1945年 反ファシスト人民自由連盟が反日行動へ。
1946年 アラカンの東パキスタン統合が拒否され、ベンガル系移民のムジャヒッド蜂起。
1947年 「アウンサン=アトリー協定」締結も、アウンサン暗殺。
1948年 「ビルマ連邦」独立。「ムジャヒッドの乱」でアラカン人とベンガル系移民との抗争が激化。
1951年 「全アラカン・ムスリム協議会」においてムスリム国家の設立を表明。
1954年 ミャンマー=日本間で「平和条約」に調印
1960年 アウンサンの後継ウーヌは、アラカン人に独立国家の樹立を容認。
1962年 ネウィンによる軍事クーデタ発生。ビルマ式社会主義体制へ。
1972年 「ロヒンギャ民族の解放」を唱える会議を開催。
1974年 国号を「ビルマ連邦社会主義共和国」に変更。
1978年 ビルマ当局は「ナーガミン作戦」を各地で展開。
1982年 「市民権法」でベンガル族を除くムスリム(ロヒンギャ)を非国民として規定。
1985年 アウンサンスーチーが日本の京都大学東南アジア研究センターで客員研究員に。
1987年 国連から「低開発国(LDC)」指定。「1982年市民権法」施行により、ロヒンギャの国籍剥奪。
1988年 「8888民主化運動」発生。ソオマオン主導のSLORC(国家法秩序回復評議会)による軍政移管。
1989年 再び国号を「ミャンマー連邦」に変更。
1990年 総選挙実施でNLD(国民民主連盟)が圧勝するも軍政は結果を反故。亡命政府「NCGUB(ビルマ連邦国民連合政府)」設立。
1991年 アウンサンスーチーがノーベル平和賞受賞。ロヒンギャの第一次難民化。
1992年 ミャンマー=バングラデシュ間で「難民帰還覚書」を交換。軍政がタンシュエ麾下に。
1995年 カレン族の拠点基地であるマナプローが陥落し、カレン族の多くがタイ領へ大量避難。
1997年 軍政がSPDC(国家平和発展評議会)に改組。ロヒンギャの第二次難民化。
1998年 ミャンマー=バングラデシュ間で「難民帰還協定」を締結。
2004年 バングラデシュ政府はミャンマーからのロヒンギャを不法移民に認定。
2006年 ネーピードーへ遷都。ロヒンギャの一部がクォータ難民としてカナダで第三国定住。
2007年 「サフラン革命」発生。タイ当局はラノーンで拘束したロヒンギャを強制送還。
2009年 ロヒンギャのボートピープルがタイ海軍によって強制送還。
2010年 国旗と国号を「ミャンマー連邦共和国」に変更。アウンサンスーチー解放。
2012年 ヤカイン州で仏教徒とイスラム教徒が衝突。アウンサンスーチーは介入を避ける。
2015年 インドネシア・マレーシア・タイがロヒンギャを含む漂流難民の一時的受け入れ施設の設置で合意。

元を正せば欧米諸国が元凶

ロビンギャも中東もアフリカも元を正せば欧米諸国が元凶。

2017/02/19(日)

別にミャンマー政府を支持するわけではないが、

かつて、アウン将軍が大日本帝国をまねた少数民族優遇政策時に、イギリスなどの扇動をうけて武装闘争をしかけ、あやうくビルマを空中分解させる寸前だったし、そして、ビルマに救国軍事政権が成立せざるをえなくなり、

アメリカの暴虐のもと、多くの国民が理不尽な経済制裁に苦しめられたこと。

その流れは今も引き継いでいることは、一応、書いておくべきことだとおもう。

世界で最も迫害された民族

「世界で最も迫害された民族」の悲しい現実…「ロヒンギャ」を救うにはASEANの力が必要だ!

2017/02/19(日)

ミャンマー西部に住むイスラム教徒の少数民族ロヒンギャの窮状に拍車がかかっている。

2016年10月にはミャンマー軍が行った攻撃で130人のロヒンギャが殺され、数十の建物が焼け落ちた。

こうした事態で同国政府やノーベル平和賞受賞者アウンサンスーチー氏らの評判は損なわれる可能性がある。

ミャンマー軍指導者は攻撃について、同国の都市マウンドーで起きた警察官殺害事件の犯人を探し出すことが目的だったと主張。

しかし国際人権組織ヒューマン・ライツ・ウォッチが衛星画像を分析したところ、同攻撃以降、さらに多くのロヒンギャの村が破壊されていたと報告されている。

■世界で最も迫害された民族

居住地を追われたロヒンギャの人民は3万人にも達するとみられている。国連はロヒンギャを、世界で最も迫害された少数民族だと見なしている。

危機はバングラデシュ、タイ、インドネシアといった周辺諸国にも飛び火。今や批判の矛先はASEAN(東南アジア諸国連合)に向かっている。

ASEANはロヒンギャ問題への取り組みに及び腰で、紛争が民族や宗教によって東南アジア地域を分断させる可能性があることへの認識が足りないというのだ。

東南アジアの宗教別人口構成はイスラム教徒が60%、仏教徒が18%、キリスト教徒が17%である。

ロヒンギャの亡命を受け入れている国では、すでに根強い差別が広がっている。

ロヒンギャは受け入れ国に到着後、治安部隊との激しい戦いや食糧不足にさらされ、テロ組織の人員獲得源となっているのだ。

イスラム過激派組織は、ミャンマー当局へのジハード(聖戦)を呼びかける映像を投稿。

インドネシア当局は最近、ジャカルタのミャンマー大使館への攻撃を計画したとして2人を逮捕した。

過激派組織が今後もロヒンギャを同情や新たな構成員、資金を得るための道具として利用することは間違いない。

ASEAN首脳はこうした過激派の活動を防ぎ、ロヒンギャの生活を守る必要がある。

加盟国が互いに干渉しない「ASEAN方式」はこれまで域内経済発展に貢献したが、今やこうした「見ざる聞かざる」戦略は通用しなくなっている。

マレーシアはこの点を認識している。最近のASEAN外相会合で同国は人道援助のための調整とロヒンギャへの残虐行為の調査を求めた。

会合後にミャンマーは、人道的なアクセスを認め、ASEAN加盟国に情報を提供する意思を表明した。

人間開発指数が高いシンガポールやマレーシアなどの成熟した民主主義国が責任あるグローバルリーダーとして人道的な問題解決能力を拡充できるよう、ASEANは行動様式を転換するべきだ。

ASEANは、強力で政治的な責任があるEU(欧州連合)型の共同体に成長する必要がある。

そのためには、地域の人道上の危機を緩和するため、平和的かつ効果的な方法を探らなければならない。

■公平な調停役になるためには

非公式の推計によると、ロヒンギャ難民はバングラデシュだけですでに50万人いる。そして最近の軍事介入によって、さらに2万人が流入した。

1億7000万人の国民に対する基本サービスの提供だけでも手一杯なバングラデシュ政府にとって、これは頭の痛い問題だ。

すでに、ミャンマーの外務次官がダッカを訪問して交渉を行っている。

また、ラカイン州問題に関するミャンマーの諮問委員会のメンバー3人が、同州に隣接するバングラデシュの海岸地域にあるスラムを訪れた。

次はASEANの番だ。

シンガポールなどの加盟国はミャンマー、バングラデシュの双方と友好関係にあるため、この両国が数十年にわたる問題に終止符を打つ基盤を提供できる。

ASEANは政治的な役割を十分に果たし、長期的な解決をもたらす方針を定めなければならない。

そうすれば、ミャンマーとバングラデシュ、そして長い間迫害されてきたロヒンギャという三者間の、公平な調停役を果たすことができるだろう。

サイード・ムニール・カスル(国際シンクタンクIPAG所長)

ホンビノスガイ

ホンビノスガイ

アメリカでは重要な食用貝であり、広く漁獲対象とされている。特にロードアイランド州では州の貝(英語版)に選ばれている。

日本では主に、市川市・船橋市地先の三番瀬で漁獲されている[6]また、東京湾最奥部の干潟域では潮干狩りでも採取される。

日本での繁殖が確認されたのが比較的近年で、アサリ漁場に多く生息するため、かつては邪魔者として扱われることが多かった。しかし、食味の良さが注目され、2007年頃から首都圏(2010年代からは京阪神でも)の鮮魚店やスーパーなど販売チャネルが拡大し、水産物として採貝される機会が増えたため、2013年には漁業権が設定されるまでになった。

砂抜きは比較的簡単で、アサリやハマグリと同様、暗所で海水程度の塩水に一晩ほど漬けておくことで、ほぼ完全に砂抜きが完了する。